ダムタイプ初期メンバーのひとりであり、伝説的なパフォーマンス《S/N》の主要キャストでもあったブブ・ド・ラ・マドレーヌ(以下、ブブ)。その最新の個展「人魚の領土―旗と内臓」が、東京・六本木のオオタファインアーツで開催されている。
ブブは1961年大阪府生まれ。92年にダムタイプでの活動を開始し、94年から96年にかけてはパフォーマンス《S/N》に出演し15ヶ国20都市で上演。パフォーマンスのラストシーンでは、『アマポーラ』の甘い調べをバックに全裸で横たわり、股間から万国旗を繰り出して舞台をゆっくりと横切って強烈な印象を与えた。
2019年、アーツ前橋のグループ展「表現の生態系」でインスタレーション作品《人魚の領土と脱皮》を発表。今回の展覧会は、同作の"その後"とも言える新作インスタレーションと、そこから派生したドローイング群によって構成されている。
「人魚」や「領土」「旗」などは、ブブの制作における重要なテーマ。魚類でもあり哺乳類でもある人魚は、ブブにとって「ジェンダーの曖昧な生き物」。2010年代、セックスワークや家族の在宅介護の日常を通し、ブブは自己と他者の身体の境界(=領土)についてより意識するようになった。また、初期からHIV/エイズやセックスワークに関する社会活動を続けてきたブブにとって、旗はLGBTQのプライドパレードなどにおける「差別への抵抗と自分たちへの祝福」の象徴でもある。
皮膚病と長年付き合ってきたブブは、乾燥した皮膚が剥がれるのを見て「人魚は脱皮するかもしれない」と考えた。それは、2019年の作品《人魚の領土と脱皮》において脱皮後に残される大きな「人魚の皮」をイメージしたモチーフのきっかけでもある。2020年に卵巣囊腫と子宮筋腫のためにふたつの卵巣と子宮を摘出したブブは、その経験から血/死やグロテスク、恐怖などのイメージが強い「内臓」についてとらえ直し、本展の着想を得たという。
インスタレーション作品では、「人魚の身体」が金網でつくられ、前半身が哺乳類、後半身が魚類を想起させる。そして植物にも見える尾びれの付け根には二本の筒状の構造が透けて見え、それらは卵子と精子を運ぶための筒状の構造だという。空中または水中に放出された卵子と精子のような小さな球体が受精/受粉する様子は、ドローイング作品で描かれている。
本展では、身体の表面だけではなく、内臓も脱皮することが意識されている。脱皮という現象は、ブブにとって「生命の再生」であるという。子宮と卵巣の摘出手術を受け、人間/生物としての「生産性」を完全に失ったブブは、「LGBTQや子供を産まないカップルなどを『生産性』がないとしてネガティブにとらえる傾向が、日本社会にはいまだにある。それは優生思想だし危険なことだと思う」と語る。そんな動向を警戒し、人間の生命力を信じて祝福し合うことが本展の意図のひとつとも言える。
インスタレーションの旗は、ブブが着古した衣服や、医療者への敬意を表した青と白のシーツでつくられている。身体という個人の領土の内/外の境界である皮膚に直接触れていた布たちには、領土=身体に関する様々な記憶が染み込んでおり、またピンクと黒色の三角形の旗は、ナチスの強制収容所で男性同性愛者と女性同性愛者および売春婦などがそれぞれ衣服に強制的に縫い付けられた「ピンクの三角形」と「黒い三角形」の歴史にも呼応している。
手術の痛みを経て、身体が内側から新しく生まれ変わる可能性を実感したというブブ。本展では、「自分の再生」や「自分がいかに機嫌良い状態であれるか」ということに集中したと語る。社会や自己へのケアが困難ななか、ブブは「自分のケアが社会のケアにつながるという感覚に変化していったことを視覚化したかった」と展示に込めた考えを明かした。
ジェンダーや個人・社会の境界などのテーマに長年取り組み、還暦の歳になって実感した再生により生死や性別役割などをとらえ直したブブ。その思考や創作の新境地をぜひ目撃してほしい。