フランスで19世紀末から20世紀前半にかけて活動したアンリ・ル・シダネル(1862〜1939)とアンリ・マルタン(1860〜1943)。「最後の印象派」とも称されるふたりの画家をあわせて紹介する展覧会「シダネルとマルタン展 最後の印象派」が、山梨県立美術館で開幕した。なお、同展は今年9月から10月にかけてひろしま美術館で開催。2022年3月にはSOMPO美術館にも巡回する。
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本展は9章構成で、シダネルとマルタン、ふたりの画家が画風を確立し、互いに交友を深めながら画家としての生涯を送る様を、初期から晩年の作品を通して紹介する展覧会だ。それぞれの画家の同時代的な共通項や、互いの画風の差異を、ともに展示することで明らかにしていくものとなっている。
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第1章では、シダネルが1885年から小さな港町・エタプルに滞在し、光の揺らめきの表現を追求しながら自身の画風を確立していく様を追う。砂丘にいる若い羊飼いたちを叙情的に描いた《エタプル、砂地の上》(1888)をはじめ、海や空の光をシダネルがいかにとらえていたかを探る。
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第2章は、ともに象徴主義に影響を受けたシダネルとマルタンの作品を紹介。アンリ・マルタン《腰掛ける少女》(1904以前)をはじめ、身近な少女を幻想的な雰囲気で描いたマルタンの少女像などからは、すでに卓越した色彩感覚を持って世間に認められた、当時の勢いを感じることができるだろう。
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いっぽうのシダネルは、控えめで静謐な美しさを称える風景画やリトグラフを描いた。同じ象徴主義に影響を受けながらも、それぞれの作家の個性が現れているのがおもしろい。
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第3章は、フランドル地方、ヴェネツィア、南フランスなどの習作の旅を通じて、シダネルが自らの作風をより洗練させ、評価を高めていった時代の作品を中心に紹介。
ここでは、シダネルの特徴的なモチーフである雪の夜の風景や街の夜景などに注目したい。とくに夜景の作品においては、一箇所のみにあかりを灯らせて人の生活の気配を感じさせるなど、生涯にわたって人々の生活を情感豊かに描いた親密派のシダネルらしい視線が伝わってくる。
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第4章はマルタンが大装飾画のために描いた習作群に焦点を当てる。早くから才能を認められたマルタンは、公共建築などへの大規模な装飾画の作成なども依頼されていた。ここではその習作を中心に紹介。農業や工業に従事する人々などを明るい色彩で描いたマルタンの作品は、当時の人々に新しさをもって迎えられたという。
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会場では、いまもフランス国務院の壁面を飾っている装飾画の習作《農業》(1918)や、医師の邸宅の食堂の装飾画の習作《ガブリエルと無花果の木》(1911)など、明るく光があふれるマルタンらしい作品を見ることができる。
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第5章、第6章では、シダネルがジェルブロワ、マルタンがラバスティド・デュ・ヴェールと、それぞれフランスの田舎町に住んで創作に励んだ時代の作品を紹介。
パリの北にあるジェルブロワの街で、シダネルは土地と家を手に入れるとともにバラ園をつくり、多くのバラを育てた。いまではジェルブロワの街の代名詞となったバラは、絵画にも多く登場する。また、この時期のシダネルは食卓を多く描いているが、人物は姿を消している。しかし、そこには柔らかく微妙な光の表現により、温かい気配を感じ取ることができるだろう。
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いっぽうのマルタンが住んだラバスティド・デュ・ヴェールは南フランスにある。ここでマルタンは、橋、川、丘、村など多様な題材を描いているが、とくにマルタン自身がつくった自邸の庭は主要な着想源となった。タッチも初期の細かな点描から、線的なものへと変化しており、光と色の表現はよりいっそう豊穣なものとなっていった。
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第7章ではシダネルのヴェルサイユ時代を、第8章ではマルタンが複数の村に邸宅を購入してモチーフをより多様にする時代を扱う。
シダネルは新たにヴェルサイユに居を構え、城と庭園などをモチーフに同地で120点ほどの作品を残した。
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すでに画家として大きな成功を収めていたマルタンは、新たに中世の村・サン・シル・ラポピーと、南フランスの海沿いの村・コリウールにも家を購入し、それぞれの土地の風景を題材に作品を残していった。とくにコリウールで描かれた港や海の風景画では、複雑な光があふれる水面の表現にマルタンの作風のひとつの達成を見ることができる。
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最後となる第9章は、シダネルとマルタンが描いた家族の肖像画を紹介する。シダネルもマルタンも肖像画家として人気を集めたわけではなかったが、親しい家族や親族、友人の肖像画を描いている。両者ともに家族との関係は深く穏やかであり、こうした肖像画はそれぞれの作家の人物像を知る手がかりになるだろう。
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ふたりの画家は死後の一時期忘れ去られていたものの、現在にいたるまで西洋の愛好家から高い支持を受けている。絵画の潮流が目まぐるしく動いた時代に、印象派の表現を受け継ぎ、独自に発展させていったふたりの画家の軌跡を、美術館で実作品とともに追ってみてはいかがだろうか。
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