京丹後、宮津・天橋立、与謝野、福知山、南丹、八幡といった、京都府の各地域を舞台に開催される「ALTERNATIVE KYOTO─もうひとつの京都─想像力という〈資本〉」が9月24日に開幕した。
この芸術祭はおもにふたつのプロジェクトで構成される。ひとつはアートプロジェクト「ALTERNATIVE KYOTO ─もうひとつの京都─」で、地域文化に触れる機会を創出し、各エリアの歴史や風土、文化財、名勝、自然などを題材に作品の展示を行うものだ。
もうひとつはアーティスト・イン・レジデンス事業の「京都:Re-Search」だ。「京都:Re-Search」では、まずアーティストが一定期間地域に滞在し、その風土や歴史等を調査。そこでの発見を活かしたプロジェクトや作品の構想を作成する短期リサーチレジデンスを行う。その後、約2ヶ月間におよぶ滞在制作を行い各市町村内の各所で展示。本芸術祭は、こういった長期間のリサーチとレジデンスを経た集大成という側面もある。
「ALTERNATIVE KYOTO ─もうひとつの京都─」は、京丹後、宮津・天橋立、与謝野、福知山、南丹、八幡のおもに6つの地域で開催されている。今回は、京都府北部の宮津・天橋立、京丹後、与謝野の展示をピックアップして紹介する。
宮津・天橋立(9月24日〜11月7日)
丹後国分寺
宮津市にある丹後国分寺は、かつて天然痘の収束を祈って、七重塔や寺院が建てられた。ヤノベケンジはこの国分寺の跡地に、かねてより制作と設置をおこなってきた《ラッキードラゴン》の最新作を発表した。
元来、ヤノベの《ラッキードラゴン》は、1954年にマーシャル諸島ビキニ環礁で被爆した遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の英名をモチーフとしたものだが、今回は天橋立にある龍の伝説がインスピレーション源になり、この場所に設置された。11月には、このドラゴンが可動するパフォーマンスも実施される予定だ。
また、《ラッキードラゴン》の近くには、同じくヤノベの《黒い太陽》も設置されている。同作が設置されているのは七重塔の跡であり、かつての天然痘収束への願いと同じように、新型コロナウイルス収束への願いを込めて設置された。作品の背後には天橋立を望むことができ、夕刻から夜にかけてはライトアップが行われて存在感を放つ。
元伊勢籠(もといせこの)神社
丹後・丹波地方に養蚕や稲作を広めて開拓したと伝えられる彦火明命(ひこほあかりのみこと)を祀る元伊勢籠神社。ここでは、音楽家・原摩利彦とプログラマー・白木良によるインスタレーション《Altered Perspectives》が展開され、金、土、日、祝日の18時〜21時まで見ることができる。
原は、ダミアン・ジャレ+名和晃平《VESSEL》や、野田秀樹などの舞台音楽を手がけてきており、また白木は高谷史郎、池田亮司、名和晃平をはじめとした多くのアーティストの作品制作のプログラムを行ってきた。双方、ダムタイプの一員としても活動している。
原と白木は天橋立に続くように伸びる神社の参道に、40本の柱状のLEDと16個のスピーカーを設置。世界中の海や空をモチーフとした色と音が、明け方から夜にかけて変化する様が、8分間のシーケンスで表現される。
天橋立公園
日本三景のひとつとして知られる名勝・天橋立。宮津湾と阿蘇海を南北に隔てる全長3.6キロメートルのこの砂州で、音楽家・平井真美子と照明デザイナー・長町志穂が、音と光による《Light and Sound》をつくりあげた。
全長600メートルの浜辺に配置された照明が、フィールドワークをもとに制作されたという平井の楽曲とともに様々に変化。楽曲は海から聞こえる波の音と混ざり合い、浜辺というシチュエーションならではの体験をすることができる。
作品の上演は19時〜21時まで。対岸からも、海の中に光が伸びていくような幻想的な光景をみることができる。なお、公園内の小天橋広場では10月15日より、池田亮司のLEDスクリーン作品も展示を開始する予定となっている。
京丹後(10月1日〜11月7日)
元田重機業織物工場
丹後ちりめんで有名な丹後地方は、古くから織物の生産が盛んだった。網野町の浅茂川にある織物工場跡も、その歴史をいまに伝える建築のひとつだ。この織物工場跡では、3組のアーティストがそれぞれ展示を行う。
DAISAK、NTsKi、川勝小遥は、いずれも「ALTERNATIVE KYOTO ─もうひとつの京都─」の開催地域にゆかりのあるアーティストだ。3人は、この織物工場跡の1階で、インスタレーション《ドルフィン・マン》を共同でつくりあげた。
「ドルフィン・マン」とは、町の人々からそう呼ばれる架空の人物で、会場に設置されている小屋に住み、イルカに関する何かしらの仕事をしていると思われるが、その実態は謎につつまれている。会場のスクリーンでは、ドルフィン・マンがどんな人物なのかを、町の人々に「自分の知らない存在」を思い浮かべてもらいながらインタビューをした映像を投影。さらにドルフィン・マンが住む小屋も会場内に出現させた。
廃材を集めてつくられた小屋のなかには、3人の作家が持ち寄った品々が集められ、ドルフィン・マンの生活を窓の外から覗き込むことができる。映像はNTsKiが手がけ、小屋の設置をDAISAKが、照明などの演出を川勝が担当し、3人の共同ディレクションによる作業でつくりあげた。
2018年より京丹後での滞在制作を続けてきたSIDE COREは、工場跡の2階でこれまでのレジデンスと制作の集大成ともいえる作品群《岬のサイクロプス2021》を展示した。
「岬のサイクロプス」は、サイドコアが2018年より取り組んできた連作で、全国で数を減らしている灯台に着目し、京丹後市でのリサーチをもとに制作してきた。今回の椅子と《岬のサイクロプス》(2021)はこの連作の集大成であり、最終作となる。
会場には大小様々な大きさのベンチが配置されており、各ベンチは、丹後半島の海岸線で目にすることができる安山岩の写真でつくられている。前述の経ヶ岬灯台の土台もこれらの安山岩を切り出してつくりだされており、古くから人間が巨大な岩と対峙して構造物を生み出してきたことに着目して、実用が可能な椅子を制作した。
展示を奥に進むと、映像作品が上映されている。これは、かつて丹後半島のいたるところにあった灯台の跡地に、角材でふたたび常夜灯を灯すという作品だ。海外線にあった人々の営みに再び目を向けるとともに、人類の歴史よりもスケールが大きい、自然のダイナミズムも描き出した。
3階では、石毛健太がインスタレーション《みえる》が展開されている。
この3階部分は屋上に屋根をつけて増築した部分であり、窓からは浅茂川の町を見渡せる。石毛も4年間京丹後に通い、リサーチと制作を続けてきた。この4年間、新型コロナウイルスの流行といった社会的な変化や、あるいは人間関係や心情といった個人的な変化を受け止めるなかで、石毛はそれでも変わらない京丹後の空、山、海といった風景にあらためて着目した。
窓辺には鏡が設置され、外から入ってくる太陽光が部屋の中央付近に集約されるようになっている。光が集約される地点にはレンズと、石毛が海岸で拾得したブイと思われる廃棄物が設置され、集められた光がその表面を照らしている。
石毛が変化を経験するなかで、ありのままここにあるものが「みえる」ためには何が必要かを考えた結果、この巨大な装置が出現した。
元油善鉄筋工場
織物工場跡からほど近い浅茂川の鉄筋工場跡では、田中良佑と鷲尾怜が展示をしている。
1階の展示は田中良佑によるもの。田中は明智光秀の三女で細川忠興の正室である細川ガラシャが幽閉されていた味土野地区でレジデンスを行ってきた。一度は廃村になったものの、その後は数人の移住者によって存続しているこの地区を題材に、2019、20、そして21年の各年に制作した作品を集めたのが《降り積もる影》だ。
田中は2019年に細川ガラシャの絵を背負いながら味土野を歩きガラシャについて書かれた様々な小説を朗読する映像作品を、2020年には移住者である助産師の女性との対話からドキュメンタリーと日光写真による作品を制作した。今回は味土野に37年住んでいる、大工であり木工ろくろ職人でもある男性を題材に映像作品を制作。新旧の作品によって、かつて味土野地区に住んでいた、あるいは現在住んでいる3人の姿をとらえつつ、人が住み生きるときの「影」を追う。
2階部分ではその全面を使って、鷲尾怜がインスタレーションを展開する。鷲尾は作品の構想を練るなか、この工場跡の隣家の庭の雑草が繁茂する様子が気になったという。鷲尾は隣家の住人に許可を得て、庭の芝刈りを決行。刈った芝を展示空間に敷き詰めた。
鷲尾は芝を刈る過程で、庭から出てきた様々な布や、隣家の住人が提案した椿の木の搬入などを実施。展示空間の窓から見える隣家の庭の構成物が、そのまま室内に移動したような作品《for mi》ができあがった。
昨年の大京都でも、廃ボーリング場を舞台に作品を展開した鷲尾。作品における恣意と偶然の境目についての問いや、芝刈りと彫刻に共通する「既にあるものを削り取る」という行為性など、鷲尾ならではの思考と問いが大規模なインスタレーションとして結実した。
三津漁港
網野町を海岸に沿って丹後半島方面に進むとある三津漁港では、石毛健太とBIENが展示をしている。
ここで石毛は、元田重機業織物工場で展開した《みえる》を、異なるかたちで展開。使われなくなった鮮魚用の冷凍庫を利用し、原初的なカメラの仕組みである「カメラ・オブスキュラ(暗い部屋)」をつくりあげた。冷凍庫側面に空けた小さな穴を利用し、漁港の波を部屋のなかに映し出すことで、織物工場と同様に、外に存在するありのままの光景を屋内に運び込む試みが行われた。
BIENは、漁港の荷捌き場として使用されていた場所を利用して、インスタレーション作品《15》を制作した。
BIENが注目したのは、京丹後の海岸通り沿いに建つ「最北子午線塔」。日本標準時刻と世界標準時刻が同時に表示されるこの建物だが、BIENが訪れたときは、表示された時刻が15秒ずれていた。このことにインスピレーションを受けたBIENは、15秒という時間をモチーフに作品を制作。
荷捌き場の天井には、映像のモニターと15秒を刻むたびに音が鳴るタイマーがともに設置されている。モニターに映しだされているのは、漁港の防波堤の上でバスドラムを15秒感覚で鳴らす人々の映像だ。映像はタイマーと同じタイミングで流れるので、正確な15秒と人々が自身の感覚で鳴らす15秒とのズレが、視覚と音で認知される。
15秒の時計のずれから、当たり前のように規定された時間で生きる自分に気がついたBIEN。その感覚の不思議さや個人と時間との関係性などを、初のインスタレーションで表現した。
与謝野(10月1日〜11月7日)
旧加悦町役場庁舎
古来より織物業が営まれ、高級絹織物の丹後ちりめんの産地として知られる与謝野。1929年に建てられた歴史的建造物である、旧加悦町役場庁舎は、その全盛期をいまに伝える建物だ。
この旧庁舎では、アーティストのスプツニ子!とファッションデザイナーの串野真也によるユニット、ANOTHER FARMが《Boundaries》を展示している。暗い部屋の中で浮かび上がった、青色に光る能装束。この装束は、クラゲの遺伝子を組み込まれたカイコによって吐き出された、特殊な絹糸によってつくられている。
別の生物の遺伝子を組み込むという、神の領域に近づくかのような試みによって生まれた絹糸によって生まれた作品。倫理的な後ろめたさと、眼前にある美しい装束とのあいだでせめぎ合う人間の営みのあり方を問いかける。
ほかにも、福知山エリア(10月8日〜11月7日)では三谷正と山中 suplexが、南丹エリア(10月1日〜11月7日)では荒木悠、亀川果野、黒木結、小山渉、山田春江、羊喘兒が、八幡エリア(10月1日〜11月7日)では石川竜一、佐々木香輔、藤生恭平、宮本一行、島袋道浩が展示を行う。
都の京都ではない海や山の京都で、各地域ならではの事物をとらえるアーティストたちの手つきを体感してみてはいかがだろうか。