熊本市現代美術館を皮切りに、2018年より全国10会場を巡回してきた写真家・映画監督の蜷川実花の個展「蜷川実花展 -虚構と現実の間に-」。その集大成となる東京展が、9月16日に上野の森美術館でスタートした。
木村伊兵衛写真賞など数々受賞し、『さくらん』や『ヘルタースケルター』などの映画も監督し、デザインやファッションなど多岐にわたる活動をしている蜷川。本展では「虚構と現実」をテーマに、展示作品を半数ほど入れ替えるだけでなく、書斎を再現した没入型のインスタレーションや映像作品も加わることで、その写真の本質に迫る。
会場のエントランスは赤いベルベットで覆われており、導入部として次のプロローグ展示室へとつながる。赤いカーテンを経由して空間全体が青く映されているこの展示室には、10台のモニターが設置。1台につき31点の写真がスライドショーで映されており、奥には蜷川の言葉「Floating Layered Visions」が綴られる作品が展示されている。
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本展の企画に携わった小山登美夫ギャラリーのディレクター・長瀬夕子によると、これは「移ろって浮遊するイメージが重なって、それが自分とつながって先の未来が見えてくるというような意味合いの言葉」であり、これをキーワードに展覧会に進んでいくという構成となっている。
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「Blooming Emotions」では、蜷川が撮影した生花の写真が飾られている。写真でとらえられた生花の多くは、自然のなかにあるがままに咲いている花ではなく、誰かに向けて育てられたものだという。2011年に発行された蜷川の写真集『PLANT A TREE』からの薄暗い桜の写真などに加え、新作を足して作家自身の感情にあわせた展示となっている。
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「Imaginary Garden」では、造花やカラーリングフラワーなど、自然な組み合わせでは生まれない合わせで飾られた花をとらえた作品が展示。本展で展示された造花のほとんどは墓地で撮影されたもので、亡くなった人々に寄り添う永遠の美や記憶、思い出が色褪せないようにとの願いが込められている。
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ともに生きる女性たちの背中を押すのが、蜷川が制作活動を行う原動力のひとつ。「I am me」では、水原希子や沢尻エリカ、土屋アンナなどの芸能人や女優たちが輝きを放つ瞬間をとらえたポートレートが並ぶ。
続く2階の「Self-Image」には、蜷川が自分自身を取り戻す手段としてのセルフポートレートが集まっている。喜びや楽しさ、怒りや苛立ち、不安、悲しみなど、蜷川の多様な側面を見ることができるだろう。
隣の「GO Journal」は、パラリンピアンを撮影したフリーペーパーのプロジェクト。選手たちを一人ひとりの人間としてとらえ、その多様な魅力を伝えている。「TOKYO」では、東京の日常をとらえたポラロイドとスライドショーを組み合わせて展示。コロナ禍前から始まったこのシリーズでは、いままで当たり前と思われていた日常が失われていった経過をたどることができる。
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蜷川の父である蜷川幸雄が病に倒れ、2016年に逝去するまでの1年半の日常を撮影した作品によって構成される「うつくしい日々」。このドキュメンタリーのようなシリーズでは、家族や世界と別れゆく父の視線と、寄り添う娘の視線が重なっている。また、写真とともに蜷川が書いたテキストも紹介されており、こちらをあわせて読んでみてほしい。
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淡く儚い輝きが印象的なこのシリーズにつながるのは「光の庭」。蜷川が今年の春に撮影した桜と藤の写真によって構成されるこの空間では、未来に対するイメージを示しており、多様に開かれる可能性を象徴している。
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最後の「Chaos Room」は、蜷川がこれまでの写真や映像作品を再構成し、さらに書斎を再現したコーナーによって構成されるインスタレーション。普段の生活を近づけて再現したこの展示を通じて、蜷川がどのような心境で生活や制作しているのかを垣間見ることができるだろう。
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このスペースについて、長瀬は次のように話している。「この部屋には残酷だったり怖かったりするようなイメージが多いが、それは蜷川さんの写真の本質でもあり、私たちが生き抜くために、この世界の残酷さを忘れないように加工され意識させるようなつくりとなっている」。
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