感染拡大で生活一変のアメリカ。アート界の現状は?

世界でもっとも多くの感染者数を記録しているアメリカ。そのような状況で、アート界はどういった対応に乗り出しているのか? ニューヨーク在住のライター・國上直子がレポートする。

文=國上直子

地下鉄のグランドセントラル駅。3月13日の午前9時。普段は通勤客で混み合っている

  現在アメリカは、新型コロナウイルス感染者数が14万人を超え、世界で最も感染が拡大する場所となっている。半分以上の州が感染拡大を食い止めるために、不要不急の外出を控え、自宅待機をするよう要請をしており、市民の生活に大きな影響が出ている(3月28日時点で26州が実施)。

美術館は1日あたり3300万ドルの損失

メトロポリタン美術館 Image courtesy The Metropolitan Museum of Art

 3月初めに、ニューヨークで初の感染者が確認されたあと、市内での感染者数が急増するのを受け、3月12日にメトロポリタン美術館が一時休館を発表した。それに追随するようにニューヨーク市内の他の文化施設やギャラリーも相次いで、休館・休廊に踏み切った。

 『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道によると、メトロポリタン美術館は「パンデミックは5月初旬にピークを迎え、回復の兆しは最低でも6月中旬まで見込めない」という疫学専門家の予測をもとに、現在のところ7月までの休館を想定している。この影響でおよそ1億ドルの減収が見込まれており、コスト削減と人員整理を段階的に行っていくという。

 プログラムの縮小と、営業再開後も、ニューヨークに観光客が戻ってくるまではしばらく時間がかかるため、来場者数の減少も避けられないとしている。従業員に対して、4月4日までの給与は支払われるが、それ以降は、休暇扱い・解雇・自主退職などのオプションが検討されているという。影響力のある同館の対応を見て、他館も同様の措置を取るようになると、4月以降多くの美術館関係者が職を失う可能性が出てくる。

ロサンゼルス現代美術館

 『ロサンゼルス・タイムズ』紙は、ロサンゼルス現代美術館が、3月24日、従業員のうちおよそ半分にあたるパートタイム従業員97名に解雇通知を行ったと報じている。対象となったのは在宅勤務が不可能なポジションにつくスタッフで、給与は3月末分まで支払われるという。同館は、営業再開後にこれらのスタッフの再雇用を望んではいるが、いま一旦解雇の手続きを行い、彼らが失業者保険を受給できるようにすることが、この決定の背景にあると説明している。

 アメリカ博物館同盟の代表ローラ・ロットは、現在アメリカの美術館・博物館全体で、1日あたり少なくとも3300万ドルの損失が出ていると見積もっており、ニューヨーク・タイムズ紙に対しては「25年間のキャリアのなかでもっとも悲惨な状況」であると語っている。3月27日に成立した、政府による2兆2000億ドル規模の経済対策パッケージでは、すでにNEA(the National Endowment for the Arts、米国芸術基金)を通じ、7500万ドルが文化機関の支援に充てられることが分かっているが、美術館・博物館に対するさらなる支援に関する詳細が決まるのはこれからとなっている。

オンラインをビジネス救済の場として活用

デイヴィッド・ツヴィルナーのウェブサイトより

 ギャラリーは閉鎖、アートフェアはキャンセルを余儀なくされる状況を受け、デイヴィッド・ツヴィルナーが小規模ギャラリーの救済に名乗り出た。2017年よりデイヴィッド・ツヴィルナーは「ビューイング・ルーム」という、オンラインの作品販売を行ってきた。同ギャラリーは、新型コロナウイルスの影響で、展示の中止や早期終了に追い込まれたニューヨークの小規模ギャラリー12軒に対し、このプラットフォームの利用を開放するという。各ギャラリーは2点ずつ「ビューイング・ルーム」経由で、作品の展示・販売ができ、デイヴィッド・ツヴィルナー側は、システムの利用料やコミッションは一切受け取らないという。このセールは「プラットフォーム:ニューヨーク」と銘打たれ、4月3日よりスタートする。

 「フィルム・フォーラム」は、ニューヨークにある1970年に設立した老舗のインディペンデント系映画館だが、3月16日に州が発した映画館の営業停止命令を受け、オンラインで映画の視聴を可能にする「ヴァーチャル・シネマ」の提供に踏み切った。映画配給会社と提携し、劇場で公開予定だった5作品をレンタル視聴できるようにしている。

キノ・ローバーのウェブサイトより

 その配給会社のひとつ「キノ・ローバー」のサイトでは、全米各地のインディー系映画館で上映予定だったブラジル映画「BACURAU」がレンタル配信されている。特徴は、借りる側が視聴料の12ドルを、どの映画館に支払いたいかリストから選択できる点。「フィルム・ムーブメント」「ミュージック・ボックス・フィルムズ」といった配給会社も同様のサービスを開始し、小規模映画館のサポートを行っている。

医療現場を支援

 事態がもっとも深刻な医療現場では、マスク、手袋、ガウンなどの個人防護具が圧倒的に不足しており、第一線で感染者対応を行う医療関係者の安全確保がままならない危機的状況が続いている。3月20日、ファッション・デザイナーのクリスチャン・シリアーノがツイッター上で、「要請さえあれば、スタッフとともにマスクの製造に力を貸せる」と、ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモに対しメッセージを送ったところ、知事はすぐさまシリアーノの申し出を受入れた。シリアーノのツイッターによると、医療現場での使用に耐えうる基準をクリアするための行政審査などがあったことが窺えるが、3日後には製造開始、1週間後には既に1000個のマスクを納入し、急ピッチで支援が進められる様子が伝えられている。今後もマスクの製造は続けられていくという。

 知事は、感染拡大は今後3週間をかけピークを迎え、対応に14万病床が必要となると見込んでいる。しかし州内で確保できるのは、5万3000床。その圧倒的な不足を補うべく、知事は3月23日に、仮設医療施設の候補地の視察を行ない、結果「ジャヴィッツ・センター」がその一つに選ばれた。普段はトレードショーなどが開催される、大型コンベンションセンターで、来年の「アーモリー・ショー」の会場としても予定されている場所だ。すでに1000床を備えた施設に姿を変えており、3月30日までには医療施設として、稼働予定だという。

 このほか、セントラールパークでは3月29日より野外病院の設置が始まっており、31日の稼働を目指しているという。

 ニューヨークで初の感染者が確認されて1ヶ月。市民の生活は一変した。各所、安全確保と現状対応に追われるいっぽう、事態がどう展開するのか、誰にも予測のつかない状況がこれからしばらく続くように見える。

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