今秋、台東区上野にオープンした「Kuromon Sustainable Square(以下KSS)」は「生活を豊かにする」ための日用雑貨を販売し、アート作品を常設展示するギャラリー機能を持ったショップだ。オープニングでは、東京藝術大学学長への就任が発表されたばかりの日比野克彦や、Arts Chiyoda 3331を運営する中村政人がテープカットを行うなど、地域での連携にも期待が高まる。
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KSSを運営するのは、人工皮革などのノンレザー素材を用いたデイリーフェミニンシューズの「JELLY BEANS」と、完全オーダーメイドでエシカルなレディースシューズを提案する「shuui(シュウイ)」の2ブランドを展開する株式会社アマガサ。「JELLY BEANS」は1985年デビューという老舗でありながら、環境意識を体現するブランドとして支持を集めてきた。
しかし、環境に配慮した素材を選び、エネルギーに配慮して製造方法を採用していようとも、やはりマーケットで収益を上げるためには大量生産と大量消費という現実から免れることはできない。そこで、サボテン由来のヴィーガンレザーであるサボテンレザーなどを取り入れ、環境負荷のさらなる削減を目指したブランド「shuui」を立ち上げた。3Dプリンタなどデジタル技術を取り入れてコストと期間を節約し、廃棄物も大幅に削減が可能となった。
そして「shuui」のスタートと時期を同じくしてオープンしたのがKSSだ。アマガサで事業本部の部長を務め、KSSのディレクションにも携わる清水基は次のように話す。
「私たちが考えているのは生活を豊かにすることです。自分の健康や環境を良くすることは、サステナブルやエシカルという単語にもつながります。生活を豊かにする日用雑貨を扱い、アートというのも生活を豊かにするために必要だと考えているために、ギャラリースペースを設けて作品を常設展示販売しています」。
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清水自身が美術大学出身であり、代表取締役社長の早川良一がアートコレクターでもあるという背景から、KSSにアートギャラリーを設けるプランが生まれた。「H.P.フランス」の創業者でクリエイティブディレクターの村松孝尚をアドバイザーに迎え、事業を展開した。
いっぽうで「アート作品をリビングに飾ると豊かだよね、という話だけを考えているわけではありません」と清水は続ける。「アートは問いを生むものですが、そこにどのような豊かさがあるのかというと、問いが生まれることで新たな時間が流れると思うんです。情報過多の現代において、ひとつの問いに対してひとつの答えを短絡的に結びつけることが求められています。アートはひとつの問いかけに対して複数の答えを考える時間が持てますし、それが豊かな時間となって生活を彩るはずです。だから、私たちはアートを扱うことを決めたのです」。
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現在店内のギャラリースペースには、山本挙志とピーター・オフェイムという2名の作家の作品が並ぶ。清水が山本を、アドバイザーの村松がオフェイムをセレクトした。ニューペインティングの影響を受けて制作を続けていた山本は「生き生きとした線」を描く志向に抵抗を感じるようになり、エッチングによって子供の頃に描いていた「らくがき」を再現することで「死んだ線」を違和感なく描けるようになり現在の作風を獲得した。いっぽうのオフェイムは、肖像画と静物の複雑な融合を追求する。子供のころに見たぬいぐるみに感じた愛らしさとグロテスクな側面の同居が、イメージの端緒として見え隠れする。
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「まったくの偶然ですが、ふたりとも制作を続けながらたどり着いた子供の頃の記憶が表現に反映されているんですよね。見た目はソフトな印象の作品ですが、初期衝動が突き動かす根源的なものを感じられるのが面白いと思っています。作品を見てその背景を知ることで、いろいろな考えが生まれますよね。アートが生み出す豊かな時間というのは、そうやって問いや思考が生まれる時間だと思うんですよ」。
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現在、KSSではブランディング担当として、カナダ出身のセナ・シンギという女性スタッフが働いている。5年前に留学のために来日し、文化服装学園でテキスタイルを学んだ。その過程で環境やサステナビリティについて考えるようになったという。
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「サステナブルというテーマは流行のように多くの人が話題にしていて、若い世代も興味を持っています。でも、実際に何をしたらいいのかわからないという人も多いので『考えやもの選びの方法を変えることで生活が豊かになる』ということを発信していきたいです。SNSが主な手段ですが、KSSで扱っている商品の宣伝をするだけではなく、生活にオススメしたいことを写真や動画も使いながら投稿していく予定です。ECサイトも立ち上げるので、そのデザインにもこだわっていこうと思います」。
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若者も巻き込みながら、多様性を持つコミュニティを生み出すことで「生活を豊かにする」ための意識が広く共有されていくと清水は考える。まだ発表の機会が限られている若い作家がKSSで働きながら制作を行い、完成した作品をギャラリースペースに展示することもできるのではないか。作家たちがワークショップを行い、地元の住人とアートを通した交流もできるのではないか。こうした生活を豊かにする意識が、さらには地域を豊かにすることにもつながっていくという。
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清水は今後の展望についてこう語る。「うちはファッション系の会社ですが、服や靴をどう選ぶかに始まって、いまでは何を聞くのか、何を見るのか、何を飲むのか、というあらゆるものを含むライフスタイルとして考えていく時代になっています。瞬間的な消費で終わらせるのではなく、自身の健康や環境のことを考え、ものを選んで生活をデザインしていくときに、アートに触れながら思考する時間が大事だと思っています。そんな思いを共有できるプラットフォームにしていきたいですね」。