抽象画の禅師、蘇笑柏(ス・シャオバイ)の日本初個展。兵庫県立美術館で発表された新作が示す美学とは?

10月12日、抽象画家、蘇笑柏(ス・シャオバイ)の初日本個展「無時無刻―いつ、いかなる時も―蘇笑柏展」が、西日本最大級の展示スペースを誇る兵庫県立美術館でスタートした。noizが設計した展示空間と蘇が独特な素材を用いて制作した作品がコラボレーションする展示を、レポートで紹介する。

展示風景

 中国・上海とドイツ・デュッセルドルフを拠点に活躍している1949年生まれの抽象画家、蘇笑柏(ス・シャオバイ)。その大型個展「無時無刻―いつ、いかなる時も―蘇笑柏展」が、10月12日にスタートした。蘇にとって日本初展示となる本展の会場は、西日本最大級の展示スペースを誇る兵庫県立美術館だ。

 展示空間の設計は、東京と台北を拠点に、豊田啓介、蔡佳萱、酒井康介の3名パートナー体制で活動する「noiz」によるもの。この空間の中で、素材と対話するアートが展開されている。

noizが設計を手がけた展示空間

 蘇は、生漆やエマルジョン、麻布など、素材との対話を重ねる。中国の伝統的な素材である生漆は、油彩とは異なり、絶え間なく浮遊し変化し続け、時には衝突を生み、また調和へと回帰していくような複雑な色彩を見せる。一層ずつ重ねられていく漆は、色彩の原始的な様態を表し、物自体の“実存”を体現しているという。

 本展の英語タイトル「And there is nothing I can do(私にできることは何もない)」は、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」(1969)の歌詞に由来する。作家は、「いつ、いかなる時も、どんな時でも、私がクリエイトしているのは、ただのひとつの状態でしかありません」と言う。

展示風景

 3年かけて企画されたという本展では、メインとなる3つの空間で新作を含めて25点の作品が展示されている。

 最初の展示室に入ると、今回メインとなった「拂水」シリーズの《拂水―秋》(2018)が目に映る。「拂水」とは、水の表面をそっとなでることであり、己の歴史や記憶を呼び起こすことをも意味している。この作品は、本展が開催される秋から冬の季節にも呼応している。たおやかな円弧状をした縁と翡翠色の絵の表面には、引き込まれるような奥行きが満ち、神秘や深遠をも暗示している。

蘇笑柏と《拂水―秋》(2018)

 続く第2展示室では、「拂水」シリーズの《拂水―夏》(2018)が展示されている。コバルトブルーの表面に、水波が回るさまを思わせる肌理があふれ、万物が定まることのない世の流動性が表現されている。

 さらに長い壁に沿うように、磁器のような表面を持つ「天清」シリーズ(2018)が展示されている。滑らかな画面に、それぞれ異なるひび割れが入っており、そこにはなんらかの物語が込められているように見える。しかし、蘇は、「物語はストーリーを欲する人に残してあげましょう。私は少しの光、平面の上に戯れるわずかな起伏と、若干の色彩、そして流動さえあれば十分なのです」と語る。

《拂水―夏》と「天清」シリーズ(いずれも2018)

 最後の展示室はおごそかな雰囲気に変わり、「拂水」シリーズのもうひとつの作品、《拂水―冬》(2018)が登場。縦横の線が無数に刻み込まれた画面の中心を暗くすることで周囲の明るさを強調し、流動性を表した本作は、輪廻や新しい物事を意味している。

 この「拂水」シリーズでは、「春」のみが存在しない。しかし、3つ目の展示室を出た先にある空間では、色彩から春を少しだけ感じることができる2つの作品《穏和》(2017)と《湿緑》(2018)や、本展のタイトル「無時無刻」と同名の小作品シリーズが展示されている。蘇は、「作品のタイトルにあまり意味を与える意図はありません。鑑賞者には絵の色や画面から心境のかすかな変化を単純に感受してほしいです」と述べている。

《拂水―冬》(2018)

 独特な表現手法やビジュアル言語を持ち、哲学や禅の観点から平凡な生活における経験や美しさを純粋なテーマとして浮かび上がらせる蘇。時の積み重ねによってかたちづくられた美学を、ぜひ今回の個展でチェックしたい。

編集部

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