今号では「これからの美術がわかるキーワード100」をお届けします。キーワードには、主にここ10年のあいだで浮上してきた動向や概念を取り上げている。では、この10年はどんな時代だったのだろうか?
まず、2000年代にかけてはグローバル資本主義の進展により、BRICsと言われるブラジル、ロシア、インド、中国など、新興国が経済成長を遂げることで世界経済が大きく膨らみ、それにともないアートの世界でもマーケットが過熱していく。しかし、2008年にはリーマン・ショックに始まる世界的な金融危機の影響を受けて、アートバブル崩壊とも称される事態を迎えた。また、Twitter、Facebookといったソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やスマートフォンの普及が2000年代後半に始まり、ポスト・インターネットと呼ばれるアートの動向が注目を集めていく。そして、2010年後半にはSNSを活用した民主化運動「アラブの春」が起こり、にわかに政治の季節が到来を告げる。アジアでも尖閣諸島周辺で起きた中国と日本の衝突など、中国の覇権主義が台頭し、周辺国とのあいだで緊迫感が高まっていく。
日本では、2011年3月11日に起きた東日本大震災と福島第一原発事故が勃発し、この甚大な災害に対峙するべくアーティストたちは新たな表現を模索していく。いっぽう、2010年に始まった瀬戸内国際芸術祭がのべ94万人の動員数を記録し大成功を収め、その後、地域密着型の芸術祭が新しいアートの表現と鑑賞の機会を創出していくことに。
2010年代には、日本の具体やもの派といった欧米の中心的な動向と並行していた戦後美術の再評価も進み、アートマーケットにのっていくなど、リーマン・ショックから立ち直ったコンテンポラリー・アートのマーケットは新たな成熟をみせている。また、歴史的に重要な展覧会や作品の再現展示や再制作、そして、その歴史に批評的に介入する作品など、コンテンポラリー・アートの蓄積をアーカイヴ的に扱う動向も目立ってきている。
そして、2015年のシリア難民問題からブレグジットへのEU危機、トランプ米大統領誕生、北朝鮮の核開発問題など、現在の国際情勢はさらなる混迷を極めている。それに呼応するかのように、艾未未(アイ・ウェイウェイ)が難民問題に、ヴォルフガング・ティルマンスがブレグジットに即応するなど、アーティストが現在の政治社会問題に積極的に関与していく動きも活発だ。
以上、駆け足でみてきたが、今後、社会で何が起きているのかとアートシーンでなにが起こっているのかを常に往還していく視線がますます重要になってくるだろう。そのような視点で、本特集をきっかけにして、100のキーワードを掘り下げて、これからの未来を考えていくツールにしてもらえたら幸いです。
2017.11
編集長 岩渕貞哉
(『美術手帖』2017年12月号「Editor’s note」より)