今号では、「食」について特集します。もともと美術と食は、直接関連づけてあつかわれることがあまりなかった分野です。
というのも、美術というのは視覚をもっとも上位の感覚としてあつかってきた芸術で、さらに近代以降は言語的なコンセプトをビジュアルで表現したものとなり、それを言葉によって批評・解析することによって、美術史という体系をかたちづくってきました。いっぽう、食や料理は味覚、嗅覚、触覚を中心に聴覚や視覚まで五感をフルに駆使した体験で、言葉で表現することがむずかしいものです。さらに美術は、美術館という制度を通じて価値づけられた作品を半永久的に保存し、後世に伝えていくことを命題としていますが、食はどんなに手間暇をかけた最上の料理もひとたび人々の口にはいれば、たちまち消えてなくなってしまう。
そのいっぽうで近年、日本ではとくに東日本大震災以降、私たちの生活において「食」への関心が高まっているという状況があります。自身の足元が大きく揺さぶられることが、日々の生活の基盤としている土地を見つめ直す契機となり、また原発事故の放射能汚染によって食の安全が脅かされたこと、そのことで大地や海で育まれる食材、そして料理への関心が高くなるのは想像に難くありません。さらに、グローバル経済の進展よって、社会を支えてきた地域社会が壊されようとしている現在、食を通じたコミュニケーションによるコミュニティの再構築が模索されています。
このように、食を入り口とすることで地球環境やグローバル経済、社会問題など、現在、私たちを取り巻くさまざまな問題について考え、それらをつなげていくことができます。この社会について考え、その課題を解決するメディアとして、食が果たしていく役割は今後ますます重要になってくるように思います。そして、コンテンポラリー・アートもまたそのような役割を担っていくものだろうと思うのです。
そこで本特集では、フードとアートそれぞれの文脈が交差するような活動をおこなっているアーティストや料理人、取り組みについて取り上げました。彼らの実践に触れることで、小さな一歩からでも未来への希望を抱けるようになる。「新しい食 未来をつくる、フード・スタディーズ」が、そんな一冊になればと願っています。
2017.09
編集長 岩渕貞哉
(『美術手帖』2017年10月号「Editor's note」より)