公益財団法人日本美術協会の設立100年を機に、1988年に創設された「高松宮殿下記念世界文化賞」。その第32回目の受賞者が発表された。昨年は新型コロナウイルスのパンデミック収束の見通しが立たないために開催が見送られたため、今回は2年ぶりの発表となった。
今年の受賞者は、セバスチャン・サルガド(絵画部門)、ジェームズ・タレル(彫刻部門)、グレン・マーカット(建築部門)、ヨーヨー・マ(音楽部門)。若手奨励制度の対象団体にはイタリアの「中央修復研究所付属高等養成所」が選ばれた。なお、演劇・映像部門は、新型コロナウイルスの影響により、多くの候補者が受賞要件を満たすことができなかったため、今回は初の受賞該当者なしとなった。
絵画部門を受賞したセバスチャン・サルガドは、1944年ブラジル生まれ。サンパウロ大学で経済学を学び、エコノミストとして農業発展計画などに携わるうちに写真に傾倒。73年に写真家に転じた。
サルガドは徹底した取材によるフォト・ドキュメンタリーを志向し、アフリカの飢餓をとらえた《サヘル 苦境にある人間/道の終わり》(1986/1988)、世界の肉体労働の現場に迫った《人間の大地 労働》(1993)、移民や難民の実態を追った《移民たち》(2000)などを発表。
代表作《ジェネシス(起源)》(2013)では、世界中の自然や動物、原始的な生活を営む人々を取材。最新作《アマゾニア》(2021)ではアマゾン熱帯雨林の生態系と先住民族の生活様式をとらえた。現在も熱帯雨林の違法伐採や気候変動、先住民の生活の破壊などに警鐘を鳴らす作品を発表し続けている。
彫刻部門受賞者のジェームズ・タレルは、1943年アメリカ生まれ。物質としての光を可視化させるアイデアの具現化を試み続けている。
タレルは1967年に、プロジェクターによって幾何学形を室内に投影した初期代表作である《プロジェクション・ピース》による初個展を開催。以降、霧状の光がスクリーンのように覆う作品や、漆黒の部屋でかすかな光を感知させる作品など、光を主題として制作を続けてきた。世界各地に設置している、くり抜かれた天井から空や光を体感できる作品《スカイスペース》は、これまでに102作を制作。国内でも金沢21世紀美術館や香川・直島の地中美術館に展示されているものが有名だ。
また、1979年から取り組むライフワーク《ローデン・クレーター》プロジェクトは、アリゾナ州の火山帯の土地を入手し、死火山の火口と内部の部屋から、天体の運行に合わせて光を近くする壮大な計画だ。2026年の完成に向けて親交している。
サルガドとタレルの受賞理由について、絵画と彫刻の両部門の選考委員長である高階秀爾・大原美術館館長は次のように述べた。「双方、自然という存在を大切にしながら、その恐ろしさも恵みも、一体として作品に落とし込もうとする姿勢が見られる。芸術の歴史は西洋的な自然を支配するという文脈があったが、両者には日本の自然と一体となるという伝統とも通じるものがあった」。
建築部門の受賞となったグレン・マーカットは、オーストラリアの大地に根ざし、気候風土に寄り添う持続可能な建築で知られる建築家。
1936年イギリス生まれのマーカットはオーストラリア・シドニーで育ち、建築業を営む父を手伝ううちに、自然に建築の道を志向するようになった。1969年にはシドニーに個人事務所を開設。以降はおもに個人住宅を手がけてきた。東西に長い高床式の家屋で、天窓や壁のルーバーによって日差しや風の向きを調整でき、空調に頼らず快適に過ごせる「マリー・ショート/グレン・マーカット邸」(1974/1980)は出世作となった。
これまでに「アーサー&イヴォンヌ・ボイド教育センター」(1999)や「オーストラリア・イスラミックセンター」(2016)など、450件以上のプロジェクトに関わってきた。1992年にアルヴァ・アアルト・メダル、2002年に米プリツカー賞、2009年に米国建築家協会(AIA)ゴールドメダル(2009)など受賞多数。世界文化賞の受賞者としては初めてのオーストラリアからの選出となった。
若手奨励制度の対象団体に選ばれた「中央修復研究所付属高等養成所」は、1939年に、イタリアの文化・芸術遺産の保存と修復を目的に「中央修復研究所」として設立。1941年から修復のプロを養成するコースが本格的に始まり、高等養成所へと発展した。開校以来約900人が卒業し、世界の文化・芸術遺産の保存修復に携わっており、現在もローマとマテーラの2校で110人が学んでいる。