会見に先立ち、逢坂恵理子館長は「横浜美術館は、公立美術館として写真ギャラリーがあるのは珍しいし、その普及に努めてきた。今回はデジタル写真ならではの展示になっている。写真の多様な魅力を紀信さんから味わってもらいたい」と挨拶。展覧会を担当した中村尚明主任学芸員は「篠山さん自身が作品を選び、展示監修も行いました。写真は私たちの生活に深く広く溶け込んでいる。写真の魅力を伝えるとともに、見直す機会となります」と言葉を続けた。
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本展は、鬼籍に入った人々を写した「GOD」、すべての人々に知られる有名人を並べた「STAR」、歌舞伎やディズニーランドなど、異次元の世界を描く「SPECTACLE」、篠山写真にとって重要なモチーフである裸体を並べた「BODY」、そして、2011年3月11日の東日本大震災で被災した人々を写した「ACCIDENTS」の5章から構成されていいる。
この展覧会が通常の写真展とは大きく異なるポイント、それは写真の大きさだ。デジタル写真の特性を生かし、美術館の壁面に大きく引き伸ばされた写真の数々。まるで写真のなかに入り込む、インスタレーションのような展示だ。これに関して篠山は次のように語る。
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「美術館の壁面が非日常。ああいう空間に、すごい力のある写真をぶつけてみたらどうかなと考えた。『写真力』と『空間力』のバトル。"回顧展"とは言わせない、"実験展"だってね。それで『写真力』って何かというと、僕はやっぱり人物の写真じゃないかと思ったんですね。それも有名人、日本中の人が知っている有名人がいいと思った。有名人っていうのは、その人が生きた時代を代弁するというか、その時代を思い出すきっかけになる。
山口百恵さんや長嶋茂雄さん、吉永小百合さんだったり、そういう人ばっかりを(僕がたまたま撮っていたからなんですけど)集めて、巨大に伸ばして飾った。小さい写真を額に入れて『鑑賞しなさい』という見せ方は写真に対して失礼なんじゃないかなと。写真にはもっと大きな力がある。巨大な空間に巨大に伸ばす。普通の展示というよりは、インスタレーションという感じがするんですけど、鑑賞じゃなくて、写真に包まれる、体感する。そこで百恵さんだとかと語り合う。そういうことができる写真展です」。
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なお今回、横浜美術館では「篠山紀信展 写真力」にあわせ、コレクション展もすべて写真で構成。「全館写真の展覧会は開館以来、初めて」(逢坂館長)という意欲的な試みがなされ、展示総数470点のうち、420点が写真となっている。コレクション展には、木村伊兵衛や土門拳をはじめ、荒木経惟、森村泰昌、マン・レイ、アルフレッド・スティーグリッツ、ジャック=アンリ・ラルティーグなど、そうそうたる写真家の作品が一堂に並ぶ。しかし、この横浜美術館コレクションのなかに、篠山の写真は一枚も収蔵されていない。これについて篠山は「これは正しい。私は美術館に収集されることを目的に撮ったことは一枚もない。メディアに頼まれて撮っているわけですから、撮っている最中、これがまさか横浜美術館で飾られるとは思ってもいなかった」と笑う。
「鑑賞ではなく体感。自分の体を美術館に運んで、空間のなかに浸ってもらいたい」。これが篠山からのメッセージだ。コレクション展とあわせ、「写真が持つ力」を感じてほしい。
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