中谷芙二子は1933年、雪の結晶を世界で初めて人工的につくった実験物理学者・中谷宇吉郎の次女として札幌に生まれた。アメリカのノースウェスタン大学美術科卒業後は、絵画を制作。60年代にはマース・カニングハム舞踏団の美術監督であったロバート・ラウシェンバーグらと出会い、66年代にはニューヨークにて、アーティストとエンジニアによる実験として行われた「九つの夕べ――演劇とエンジニアリング」に出演。アメリカのアートシーンとの交流を深めていった。
その後、芸術と技術の協働を推進する「E. A. T.」の活動の一環として、70年の日本万国博覧会では人工霧による「霧の彫刻」を初めて発表。そのいっぽうで、社会を鋭く見つめたビデオ作品の制作や、海外作家との交流を推進するとともに、80年には「ビデオギャラリーSCAN」を開廊。ビデオを用いた表現を行う若手作家の発掘と支援に力を尽くした。
純粋な水霧を用いた環境彫刻、インスタレーション、パフォーマンスなど、これまで世界各地で80を超える霧の作品を発表し、「霧のアーティスト」と呼ばれる中谷。2017年にはロンドンのテート・モダン新館をはじめ各地で7つの霧の新作を手がけるなど、現在もなお精力的に活動を展開し、今年、第30回高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門の受賞が決定した。
「いま、切実に問われているのは、人間と自然とのあいだの信頼関係ではないかと思う」として、人工物に囲われた都市空間、メディアによる疑似体験など、近代以降の技術発達がつくり出す社会に対して鋭い批評を示す中谷。
本展は、アート&テクノロジー、芸術と科学の融合など、流行語のように広がるこれらの世界を当事者として見つめてきた中谷の思想が込められた作品、ドキュメントを展示。時代の潮流に抵抗してきた軌跡を、当時の時代精神とともに紹介する。