木のパネルにアクリル絵具を何層も塗り重ね、乾燥させてから彫刻刀で彫ることで絵画をつくる鈴木淳夫。今回の個展では、ほぼ同じ大きさの円形を彫り、画面全体をドットで埋め尽くすような作品を発表した。20年ほど前にこの技法を開発し、彫る形やサイズなど様々な実験を続けながら制作を展開してきた根底には、「自分にしかできないような絵画をつくりたい」という思いがあるのだという。
「学生のときに木版画や銅版画をひととおりやったのですが、版をつくり、刷った作品を先生に見せると、その刷り方はダメだねと言われて、でも自分としてはどうダメなのかがわからなかったんです。そのときに人から『こうやらないといけない』という技法を教わって、自分がそれをトレースして制作するのは無理だなっていうことに気づいて、技法は自分で開発するものだと考えるようになりました」。
これまでに、幅13メートルに及ぶ大型の作品や、茶室のような空間を埋め尽くす体感型の作品、写真を転写して花や人の顔などをモチーフにするなど、いくつもの方向性を試してきた。現在はこの技法を体得した初期と同様に、純粋に「色とかたちの世界に戻る」ような感覚で制作を続けている。そして、今回の個展で選んだのが、銀という色と、均一な大きさの円という形だった。
「コロナ禍でなかなか外出できなくなって、美術の世界もバーチャルな展示をPCやスマホで見るような世の中になりました。でも、つくった本人としては、やはり本物を見てほしいという思いが断然あるわけです。銀色は、光の当たり方によって表情を変えたり、見る人が近づいたり離れたり、角度を変えたりするだけで雰囲気が変わります。実際に見る楽しさを味わえる色を使いたいと思い、この色を選びました」。
そして会場には、絵画とともに4点の器が展示されている。「平面作品と、彫ることによってできる絵具片の関係を考える」シリーズとして、絵具片から形成される器を手がけたのだ。木のパネルに向かって作品を彫り続けていると、その大きさと丸い形から、絵具片がパラパラ床に落ちていく様子に落ち葉のイメージが重なった。そして、絵具片のどちらが表でどちらが裏なのかという答えのない問いも生まれた。器の形がその両方を見せる立体物として適していたのだという。
「彫る絵画」のシリーズを様々に展開する鈴木に今後のビジョンを聞くと、「長生きをすること」と笑顔で答えてくれた。
「ピカソが何万点の作品をつくった感じまでは及ばないにしろ、たくさんつくって、作品がたくさん世の中に広がったときに何かしらいいことがあるんじゃないかと思っています。つくり続ければまた違う作品の展開が見えてきたり、新しい出会いがあったり、日本中、世界中を作品によって旅させてもらいたいというのが、最近の野望です」。
ひとつの技法にこだわりながら、自己模倣に陥ることなく新たな表現を模索する鈴木淳夫。「彫る絵画」という新たな絵画表現は、彫刻刀の跡が画面を埋め尽くそうと増殖するように、有機的に発展を続ける。