在留資格が切れ帰国できない住民・難民認定申請者の収容や送還などを含む出入国管理法などの改正案は5月18日、衆議院法務委員会での採決が見送りとなり、今国会では事実上の廃案となった。
今年2月、政府与党は難民認定申請者を3回目以降の申請から送還できるようにすること、送還を拒否した非正規在留者への刑罰などを盛り込む改正案を国会に提出し、野党や国内外から強く批判を受けた。活動家や弁護士などは2回までの申請で適正な判断が行われていないと指摘し、難民保護に当たる国連難民高等弁務官事務所も法案が難民条約に違反する恐れがあると懸念を表していた。また、3月には名古屋市の出入国管理局に収容されたスリランカ人女性が死亡する事件が発生し、収容していた居室内の映像を開示しない政府の姿勢が糾弾され、法案をめぐる反発が高まっていた。
こうした状況のなか、アート界ではアーティスト・滝朝子が同法案に反対するアーティストたちに呼びかけ、関連作品を展示紹介するウェブサイトを立ち上げた。
同サイトには現在、滝朝子×オクイ・ララ、川上幸之介、長倉友紀子、近藤愛助、良知暁、鄭梨愛、飯山由貴、本間メイ、川久保ジョイのアーティスト9組が参加(6月15日終了予定)。例えば、川上は「除染作業に従事すれば就労ビザが得られる」と虚偽の説明を受け、福島県内で働かされていた難民申請中の男性の経歴をもとにつくられた映像作品《ALARA》を展示。また長倉は、2014年の夏にフランスのカレー市にある「難民キャンプ」で行ったフィールドワークに基づいた映像作品《BORDER》を紹介している。
今回、この参加作家のうち、滝朝子と鄭梨愛に法案反対の理由や、今後の展開についてメールインタビューを行った。
当事者の声だけではなく、非当事者の多くの声と理解が必要
──今回のウェブサイトを立ち上げた理由は何ですか?
滝 最近私は入管での面会や、仮放免・難民申請中の方の生活の補助、入管の運用改善を見据えた活動をしています。改悪法案の抗議のなかで同じく活動されている方、政治家などと協働していました。
移民・難民を描いた作品や、多文化共生としてアートが用いられることは増えているのに、アーティストやアート関係者、メディアから発信があまりないのは残念でした。当事者の声を抑圧する制度や差別を取り払うことが第一に重要ですが、声を上げるのにハードルがあるのも現実で、また当事者だけに語らせることの暴力性や無責任も感じます。私もある部分では当事者であり、こんな法律を持つ社会に生きたくないし、作品を一緒につくった者としても声を上げるべきだと思っています。
──改正案は反対の声が大きく廃案となりました。
滝 私は元々難民の方、東京入管で収容されている方や仮放免の方と関わりがあります。現行の入管法の恣意的運用がすでに多くの命や人生を壊しているので、さらに悪法化する社会は許せません。
この問題を言語化する際に多くの方に教わったことですが、明治期以降の植民地政策や戦後の入管法による朝鮮半島、中国・台湾出身の住人を排除する政策が現在も違う国籍を持つ人々への排除や差別として継続しています。これは当事者の問題ではなく、差別的制度の問題です。それを持ち続けてきた日本国籍・投票権保持者は考え、声を上げ、変えていかなければいけないと思います。
鄭 改正案の内容は「改悪」と言われていたように、入管の権限をより強化させ、行政の恣意的判断で簡単に、人権を侵害し命をも奪うものだと思ったので、反対の声を上げました。
また、私は朝鮮半島にルーツを持つ旧植民地出身者の子孫、外国人のなかでもいわゆるオールドカマーという立場から、日本の現在に続く外国人政策は植民地主義と密接に関わる問題だと思います。戦後オールドカマーが経てきた歴史のなかで、解決されなかった問題が2021年の現在まで続き、ニューカマーの人たちがそれにより人権を侵害され、犠牲者も出ているということは、見過ごせないことだと思いました。
話が少し変わりますが数年前、「再入国許可」申請を行うため出入国在留管理官署へ行きました。そのとき受けた差別的発言や態度、また混み合う待合室で漂っていたあの空気感や不安感、今回入管法改正案が問題視されたとき、ふとそれらが思い出されたということも、反対の声を上げた私的な動機としてあります。
──アーティストとして、入管法改正をめぐる論争のなかでどのような役割があるとお考えですか?
滝 アートは個人やコミュニティ、世界の多義性を示すもの。文字情報より、アートやビジュアルによる表現の方が響く人もたくさんいます。展示作品は今回のためにつくられたものではなく、もっと広いとらえ方がされるべきです。
ただこの問題の文脈で鑑賞することで、日本に住んでいる法律に影響を受ける人の様々な事情が手触りとして感じられ、社会の側で動かすべき部分の可能性を想像させたりすると思います。例えば法案は人生が計画通りに進むような人しか想定していませんでしたが、失職や手続きミス、犯罪に巻き込まれることで自分の“居る資格”が剥奪される社会はすごく恐ろしいです。
鄭 多くの人がそれぞれのやり方で声を発するように、私もいち個人として声を上げ、自身の作品制作もこのために行っているわけではありません。
ただ今回の入管法改正案に反対するアーティストの呼びかけに加わったのは、企画人の滝朝子さんがステートメントに書かれた「私たちは制作において当事者の意思を無視し搾取しないよう、アーティストおよび制作体制とその手続きを省みます」という内容に強く賛同したからです。
つくり手は何かを表象しうる特権的立場にあると思います。今回のような繊細な場でどのような作品を制作し発表するかはアーティストそれぞれですが、ステートメント内にある「当事者の意思を無視した作品、および作品公開に抗議する」という、ある種現在の日本のアートで散見される、「鈍感さ」への警鐘ともとれるこの言葉にも、共鳴しました。
あらゆる表現活動において表象しうることへの危うさは、自戒を込めて考えるとともに、そして今回の法案をめぐっての役割をつくり手という意識で、あえて考えるのであれば、それは自身のあり方を相対化し省みる、そういう語りを増やすことだと思っています。
──真の改正に向けて関心を高めるために、今後はどのような活動をしていく予定ですか?
滝 まだ考え中ですが、個人的には声明文を「在留資格や在留特別許可を求める」要望書として法務省に提出する際に、何かしら工夫できたらと思っています。政治的変革としては、総選挙でどれだけ自民党を切り崩せるかなのかと思っています。共生社会をどう実現するかなど、選挙に向けて立候補者に伝えていき、また各自の考えを私たちに明らかにするよう働きかけます。選挙に関しては、文化についても提言していくことや質問していくことも重要だと思います。
鄭 法案をめぐる動きを引き続き注視しながら、声を上げるつもりです。もしアーティストとしての私が、あるいは私の作品が、今回を機に何かしらの政治的、社会的事象と絡めて見られ何かしらの活動を望まれ、そしてそれが「在日コリアン」ゆえ「期待」されるのであれば、そういう動きには抗おうと思っています。
どの問題でも言えることですが、非対称な関係性で起きた出来事を解決するには「当事者」の声だけでは決して解決できず、むしろ「非当事者」の多くの声と理解が必要であると思います。そういう姿勢で臨み、様々な呼びかけにも応えていきたいです。