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2021.4.10

NFTは未来か、バブルか。美術館では世界初のクリプトアート展を主催したキュレーターに聞く

世界の美術館では初めてクリプトアートにフォーカスした展覧会「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」が、中国・北京のUCCA Labで開催された。美術館でクリプトアート展を開催する意義や、NFTやクリプトアートの利点/問題点、そして未来とは? 同展の企画者である孫博涵(ソン・ボーハン)と王琴文(ワン・チンウェン)に聞いた。

聞き手=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」展示風景より
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 美術館では世界初のクリプトアートにフォーカスした展覧会「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」が、3月26日〜4月4日に中国・北京のUCCA Labで開催された。

 クリプトアートとは、無限に複製可能なデジタルアートをNFT(非代替性トークン)などに紐付けることで、作品が唯一無二の「一点物」の価値を生みだせるデジタルアート作品。

 今年1月、クリスティーズはデジタルアーティスト・BeepleのNFTに基づいたデジタルアート作品《Everydays - The First 5000 Days》をオンラインオークションで出品。これをはじめ、アート界では空前のNFTブームが巻き起こっている。

Beeple Everydays - The First 5000 Days 出典=クリスティーズのウェブサイトより

 北京でのクリプトアート展では、上述のBeepleをはじめとする30人のアーティストによる60点以上のクリプトアート作品を展示。クリプトアートが持つ実用的な意味や現実世界との関係性を探りつつ、一般の人々のクリプトアートへの理解を深めることを目指した。

 美術館でクリプトアート展を開催する意義とは何か。またこのクリプトアートブームの利点や問題点、そして未来の姿について、同展の企画およびキュレーションを担当したクリプトアートのマーケットプレイス「Block Create Art」のCEO・孫博涵(ソン・ボーハン)と、プロデューサーを務めた王琴文(ワン・チンウェン)に聞いた。

──まず、この展覧会を開催しようと思ったきっかけについて聞かせてください。

孫博涵(以下、孫) 今回の展覧会はNFTがまだあまり注目されていなかった昨年の9月〜10月頃から計画していました。いまのマーケットでは注目されていますが、当時の私たちには想像にもおよばなかった事態ですね。琴文と私は美大で学んだ経験があるので、NFTやクリプトアートをより多くの人に理解してもらうために、展覧会をやりたいとずっと思っていたのです。もっとも質が高いクリプトアートを紹介することで、クリプトアートが私たちの日常生活とどのように交わり、つながっているかを一般の方に知ってもらいたいと。

孫博涵

王琴文(以下、王) 展覧会を行うことは公共教育の一種であり、とても影響力のあることだと思います。クリプトアートマーケットを含むアートマーケットは、まだ欧米が主要な地位を占めています。しかし、中国は人口が多く、展覧会を見る空気も成熟してきたので、このような展覧会を開催することは意味があるでしょう。またこの展覧会を通じて、クリプトアートの世界がどのようなものかを理解してもらえればと思っています。

──今回の展覧会では、どのような基準で作品を選定し、キュレーションを行ったのでしょうか。

 クリプトアートはまだ比較的初期の段階にあるので、これまでの歴史のなかで重要なベンチマークとなる作品を選びました。中国国内からはこの分野の先駆的なアーティストたちの作品を集めました。また、クリプトアートの学術性にも着目し、作品の性質という観点からキュレーションを行っています。

王琴文とロバート・アリス《Portrait of A Mind》

 クリプトアートの歴史はさほど長くありませんが、ブロックチェーンのコミュニティから生まれた代表的な作品を紹介することで、テックアートの歴史における重要なアーティストや作品を振り返る小規模な展覧会を行いたかったのです。

──今回の展覧会で、特筆すべき作品はありますか?

 Beepleの作品はみんなが見たいと思うでしょう。マイニングマシンのインスタレーションもありますよ。また、《The First Supper》という作品もあります。この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》を模したものですが、22のレイヤーによって構成されており、アーティストはそれぞれのレイヤーを別々にオークションに出品しています。クリプトアートの歴史のなかでも非常に代表的な作品となっています。

「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」展示風景より、Beepleの作品群

 中国国内からは、中国で最初にクリプトアートの研究を手掛けているパイオニアである中央美術学院のウー・ジャンアンとチェン・バオヤンの作品があります。また、NFTに着目した伝統的な意味での現代アーティストの作品も展示しました。例えば、私の先生であるリウ・ガンの作品は、現代の抽象的な水墨画の要素とNFTを組み合わせたものです。もちろん一般の方が参加・体験できる作品もあります。

──美術館でクリプトアート展を開催する意義はなんだと思いますか?

 美術館で展覧会を開催することは、クリプトアートのようなジャンルを正式に紹介するためのステートメントのようなものだと思います。

 まず、美術館でクリプトアートを展示することには象徴的な意義があります。ブロックチェーン業界では、ブロックチェーン技術を特定の分野と具体的にどう組み合わせるかが話題になっているので、美術館のような場所でクリプトアート展を開催することは、クリプト分野とオフラインの絶妙な組み合わせと言えます。実際の展覧会を通じて、クリプトアートが想像上のものではなく、実際に存在することを感じてもらえればと思います。

──おふたりはどうのようにクリプトアートと出会ったのですか? また、クリプトアートの作品を収集していますか?

 私自身はアーティストとして業界の変化につねに注目しています。17年にブロックチェーンに注目し始め、19年の初めにはBCA(Block Create Art)という、ブロックチェーンやクリプトアートの発展を促進するためのプロジェクトを始めました。このプロジェクトは、最初のスタジオから分散型の取引プラットフォーム、そして現在は教育セクションへと進化しています。私自身が集めているクリプトアートは東洋的な作品が多いですね。

 私がクリプトアートに出会ったのは2018年のことです。NFTの絵画はいくつか持っていますが、とくに好きな要素が見つかっていないので、積極的に買ったりしているわけではありません。

──現在収集しているクリプトアートの作品やその購入基準、そして好きな作品の種類などを紹介していただけますか?

 チューリッヒでマリオ・クリンゲマンのAI作品を買いました。以前にもサザビーズがこの作家の作品をオークションにかけたことがあるので、アートマーケットで認められているかどうかは非常に重要な基準だと思いますし、また彼はこの分野を代表するひとりでもあります。また、作品の芸術性や、作品と自分との感情的なつながりがあるかどうかということも、私の購入基準です。

 私はアーティストの友人たちの作品を集めているのですが、そのなかに「大悲宇宙」という作家がいます。彼は長いあいだデジタルアートを制作しており、質がとても高い。作品購入の基準のひとつは自分が好きなもので、もうひとつは作家がどんな人でどんな作品をつくっているのかを理解するということです。これは従来のギャラリーで美術品を購入するときと同じですね。

「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」展示風景より、手前は大悲宇宙の作品

──おふたりは、クリプトアートの利点や可能性をどのように考えていますか?

 クリプトアートによって、若手アーティストが従来の市場のルールに従うことなく、より良い経済的な報酬を得ることができると思います。

 クリプトアート、またはブロックチェーンの技術的なロジックによって、芸術作品や質の高いコンテンツがより完全にデジタル化・ネットワーク化された世界において、良い機能を持ち、存在できるようになります。また、ブロックチェーンのネットワークシステムでは、自分だけのデジタルアートの美術館やギャラリーをつくることができ、デジタルアート作品も現実世界のアート作品と同じように、完全なクローズドループを形成することができるのです。

 NFTは所有権を確立するためのツールであり、バーチャルコンサートやバーチャルアイドル、バーチャルファッションなど、様々な分野でのデジタルイノベーションや取引を促進する可能性があると思います。大きな意味では新しいカテゴリーの消費が始まる、という面もありますね。

──逆に、クリプトアートの問題点についてどう思いますか? また、業界はそれをどのように克服していくべきなのでしょうか?

 現在、クリプトアートの市場は少し過熱しているので、熱を冷ます必要があるでしょう。まだまだ発展途上の業界なのでインフラの整備も必要です。また支払いの方法も問題です。クリプトアートは大衆品であり、人々に消費してもらう必要がある。しかし現状では支払いの方法が不十分です。

 まず技術的な問題がありますね。例えば、現在最大のプラットフォームである「イーサリアム」は、トラフィックが混雑し、送金コストも高い。ふたつ目は法規制の面です。政府や国家がクリプトアートの商品形態の法的定義をより明確にし、不換紙幣での決済方法を確立すれば、クリプトアート業界は大きく発展するでしょう。

 もうひとつは、クリプトアートは技術やコードに基づいているため、購入者が秘密鍵を紛失するなどの事態に陥った場合、購入した作品も失われてしまうことです。それを防ぐためには適切な保険サービスが必要になりますが、この部分についてはまだ不十分です。また展覧会の貸し出しに関しての技術がまだ不足しています。アートとブロックチェーン技術の両方を理解している人材も不足していますね。

「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」展示風景より

──最近のNFTブームについてどう考えますか? このようなブームが生まれた背景には、どのようなものがあると思いますか?

 このコロナ禍では、多くのことがオンラインに移行せざるを得ません。いっぽうで、お金を手にしたデジタル長者の多くは、自分が認めた嗜好や芸術を支援していくことになります。こうした新世代のブルジョアジーが支持する芸術のなかには、従来のアートマーケットではなかなか認められないものがあるかもしれませんが、歴史的に見ても必然性があると思っています。

 クリプトアートはNFTをもっとも代表する分野であるため、欧米の資本がそこに集中しています。また、人口構造から見ると、ジェネレーションZのような人たちはインターネットに対して愛情を持つ世代であり、これからのクリプトアートはさらに盛り上がるでしょう。

──根本的な質問ですが、クリプトアートはアートだと思いますか、それとも投資対象だと思いますか? また、その理由を聞かせてください。

 広い意味では、色々なものをアートと呼べるのではないでしょうか。例えば、イーロン・マスクはアーティストのようにとても壮大なコンセプトを持っていると思います。ただ、そのコンセプトを実現するために彼が行っているのはビジネスだったり、製品デザインだったりする。

 狭い意味では、クリプトアートは技術的な要素のあるアートだと思います。ブロックチェーンはたんなる技術であるため、受け皿が必要です。現在、ブロックチェーンが使われている多くの業界でもそうですが、ブロックチェーンはその業界をより効率的にするため、あるいは時代全体の方向性や技術トレンドに順応するための技術的サポートを提供しているものに過ぎません。つまり、クリプトアートは最終的にはアートそのものに戻ってくるのです。ただ、業界全体の人々がそれをどう受け止めるかは、まだ時間がかかります。

「Virtual Niche - Have you ever seen memes in the mirror?」展示風景より

 アートそのものには、3種類の実用的な機能があると思います。ひとつ目は装飾の機能で、例えば家が大きくて真っ白な壁が多い場合、壁にアートを掛けたくなる。ふたつ目は投資機能です。通貨のハイパーインフレはつねに起こっていますから、コレクターは人々に認められているアーティストの作品を買い、数年後または数十年後に高い市場価格で売れることを期待します。3つ目は投機的な機能です。どのような資産にもこのような機能があると思いますし、クリプトアートだけではなく伝統的なアート市場にもある。

 21世紀は20年目ですが、アートという言葉が従来の定義に収まらなくなっていると思います。美術館のシステムに入るものだけがアートなのか、それとも一定の流通性や美しさ、社会的意義を持つものがアートなのか、アートを定義するのは極めて難しい。その意味で、クリプトアートは現在起こっていることを記録したり反映したりするという側面があるため、現代美術の新しいジャンルだと思っています。

 アートの概念や境界線は、徐々に曖昧になっていくでしょう。クリプトアートはまさにそのプロセスを促進しています。いまではアーティストやデザイナー、建築家など、みんながクリエーターとしてクリプトアートの分野で活躍することができます。誰にでも創造性があるのだから、これからのアートシーンもそうであるべきだと思います。

──最後の質問です。NFTのブームはこれからも続くと思いますか、それともバブルのように崩壊すると思いますか? クリプトアートの将来にはどのような期待を持っていますか?

 NFT分野はいま、過剰な熱気を帯びています。しかし、それは短期的な過剰段階で、いずれは必ず自然で合理的な状態に戻ります。いったん合理的な位置に戻れば、間違いなく前向きな上昇トレンドを示すでしょう。

 クリプトアートの未来については、想像の余地があると思います。しかし、この分野の発展には、それなりのインフラを整えなければなりません。例えば、主権国家がNFTに関する法律や政策をどのように定め、支払い面でどのようにサポートするかは、業界の将来を左右します。

 ガートナー社が考案した「ハイプ・サイクル」で説明できると思います。どんな技術であっても初期はフラットに成長します。次の段階では機関の投資家が入り、第3段階ではいきなり指数関数的に成長し、最後にバブル崩壊、小規模の下降過程があります。その後、ふたたび上昇局面に入る。クリプトアートも同じだと思います。ボトルネックを解消し、適切なインフラを整えなければなりません。そうすることで、この業界は前に進むことができるでしょう。