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アナログとデジタルのクロスポイントを探る。デイジーのアートプロジェクトが目指すもの

3DCGやゲームの制作を主業務としながらアート作品を制作する株式会社daisy*(以下、デイジー)。同社と、その代表である稲垣匡人のこれまでの軌跡と今後の展望を探る。

 3DCGやゲームの制作を主業務としながらアート作品を制作する株式会社daisy*(以下、デイジー)。その代表である稲垣匡人は、アーティストとして、企業の経営者として、そして3DCGクリエーターとして、作品を制作し続けてきた。

 稲垣は昨年の10月より渋谷ヒカリエで開催されたアートとデザインの展示会「DESIGNART TOKYO 2020」に作品を出展。また、この3月にはこれまでの活動を総括し、そのクリエイティビティに迫るドキュメンタリー動画「A documentery of daisy* | Masato Inagaki “Serendipity”」も発表した。稲垣へのインタビューを交えつつ、デイジーと稲垣のこれまでの軌跡と今後の展望を探る。

稲垣匡人とデイジーのあゆみ

 1969年生まれの稲垣は、意外なことに東京造形大学の彫刻科の出身だ。舟越桂にあこがれて彫刻科に進み、大学時代は具象彫刻をつくり、さらに戸谷茂雄やワタリウム美術館の手伝いもしていたという。しかし、学生時代に90年代に開催していた文化支援プログラム「キヤノン・アートラボ」でまだ日本では先駆けであったメディアアートを目の当たりにし、キュレーターをしていた四方幸子の影響を受け、デジタル方面への興味を持つ。四方の助言もあって、マッキントッシュに触れることになり、さらには当時最先端のデジタル表現を学ぶことができるデジタルハリウッドの一期生にもなった。

 その後稲垣は、ビデオゲームのプラットフォームに今後の展望を見出し、デジタルクリエイターとしてゲームのソフトウェアメーカーで様々なプロジェクトを経験する。いっぽうで記号を処理するゲームの文法に息苦しさも感じ、よりアートとしてコンセプトを提示できる表現を目指して独立、デイジーを立ち上げ、クライアントワークを請け負うようになる。

 こうした状況のなか、ゲームエンジンが登場したことで、小規模な会社でも自由にデジタルコンテンツがつくれるようになり、デイジーは企業として仕事を請け負うだけでなく、ゲームのテクノロジーを使いオリジナル作品を作るようになり、その後より現代美術に近いアプローチで、アート作品を発表してきた。

 その作品の一例として、「DESIGNART TOKYO 2020」に出展した作品を見てみよう。《HAKONIWA》(2014〜)は、「ロンドンデザインフェスティバル2014」で発表して以来、展示会ごとにバージョンアップを重ねてきた作品だ。体験者の顔を3Dスキャンすることにより、体験者自身がアバターとなり、仮想空間に入り込める。家庭用のゲームコントローラーを使って自分を観察したり、また相手にいたずらをすることにより、鑑賞者は現実世界とは異なる体験をすることができるのだ。「DESIGNART TOKYO 2020」では、スマートフォンやタブレットPCに実装し、よりオンライン上の仮想空間を意識した、コンシューマー目線に立ったプロトタイプバージョンが発表された。

《HAKONIWA》(2014〜)

 大型のディスプレイと広い空間に設置された《SHOWDOWN X》(2020)はビデオゲームの画面を模したバーチャルな世界に、リアルタイムの実写合成で体験者がプレイングキャラクターのごとく入り込み活動することができる作品だ。最初に2014年にパリの「Japan Expo」で発表された同作だが、今回のDESIGNART TOKYO 2020では、渋谷ヒカリエの会場と、二子玉川の蔦屋家電というふたつの別会場をつなぐかたちで、同じバーチャル世界を物理的に別の場所から体験できるようにバージョンアップした。

《SHOWDOWN X》(2020)

 《麹町勝覧》(2017〜)は、日本美術の絵画のような江戸の麹町の街並みを3DCGで再現した作品で、映像内の時間は昼から夜へと移り変わり、その推移とともに行き交う人々の姿も変わる。これらの空間はリアルタイムグラフィックスで構築されており、通りを歩く江戸の人々は、AIによって自ら意志を持つかのように動き、二度と同じシーンを繰り返すことはない。

 《麹町勝覧》(2017〜)

 こうした独創的かつ、インタラクティブな作品群のコンセプトについて、稲垣は次のように話す。「デイジーはBtoBの仕事を請け負ってきたので、メンテナンス等、市販化されても耐えうるものづくりができる豊富な経験値を持っています。リアルとバーチャルがクロスオーバーしたときに何をするべきなのかを色々と考え、実験的に作品をつくっています。

異なる立ち位置ながらデイジーと方向性を共にする3人、そしてオンライン販売

 3月12日には、稲垣のこれまでの活動を総括し、そのクリエイティビティに迫るドキュメンタリー動画「A documentery of daisy* | Masato Inagaki “Serendipity”」が発表。この発表会には、キュレーターの四方幸子、TAKT PROJECTの吉泉聡、三菱重工株式会社の柴田尚希という、稲垣のクリエイティブと深い関わりを持つ3人が招かれ、トークを行った。

「A documentery of daisy* | Masato Inagaki “Serendipity”」発表会にて、右座席左から吉泉聡、柴田尚希、四方幸子

 三菱重工の柴田は、重機械やインフラを広く手がける同社のデザインセンターにおいて、人が暮らす社会に貢献するため、人間や環境を支えていくという視点でデザインを考え、実装することを試みてきた。柴田とデイジーは、テクノロジーとアートという観点で対話を続けながら、三菱重工の大義としての人・自然・テクノロジーの共存を表現し、未来を見つめる作品の制作を試みてきたという。

 また、TAKT PROJECTの吉泉は、デザインを通して、既存の枠組みを揺さぶる実験的な自主研究プロジェクトを行ってきた。TAKT PROJECTはたんなるデザインスタジオではなく、どういったプロダクトにどのようなデザインを実装するのかといった根底から含めてクリエイションを追求している。アート・経営者・デザイナーといった視点を同時にもつ吉泉の視点は、稲垣と共通するものがあるという。

 そして四方は、先に述べたとおりキヤノンが90年代に開催していた文化支援プログラム「キヤノン・アートラボ」で講師を務め、稲垣のクリエイションに強い影響を与えた。

 トークは3人の取り組みと、それぞれの活動がいかに稲垣に影響を与えたのか、また稲垣が影響を受けたのかを語りあった。

 またイベント内で稲垣は、自身が制作したディスプレイ込みの映像作品をアートのオンラインマーケットプレイス「OIL by 美術手帖」で販売していることも紹介。DESIGNART TOKYO 2020にも出展していた 《麹町勝覧》《HAKONIWA》と、リアルタイムで描画されるシーラカンスがモニター内を動き回る《ancient aquarium 2019》が出品されている。経営者として企業とのクライアントワークを行いながら、同時に自身の制作活動も両立させる稲垣は、オンラインでアート作品を販売するという新たな挑戦も行っている。

「OIL by 美術手帖」でのデイジー作品販売画面

これからのデイジーが目指すもの

 稲垣に、今後の制作についてどのような展望を描いているのかを尋ねてみると、次のように答えてくれた。

 「新型コロナウイルスの影響もあり、今後、リアルに対するバーチャルの割合が増えていくことは避けられないと思います。現代美術の文脈でも、ここ数年のデジタルテクノロジーの進化によってその価値観は大きく変わったはずです。ただ、どうしてもまだ発信側と受信側が分かれている、一方向な表現が多い印象も受けます。おそらく今後は、AIや通信技術、ブレインマシンインターフェースなど、発信側と受信側の境目がなくなるインタラクティブなものが目指される側面もあると思うので、そこで良いクリエイティブを発揮していきたいですね」。

 多岐にわたるプロジェクトを手がけて来た稲垣だが、共通して大切にしているものは何なのか。その回答を、このレポートの締めくくりとして紹介したい。

 「私はデジタルテクノロジーをおもに扱って制作をしているし、とても好きなわけですけれども、もともと彫刻出身のアナログな人間なので、生身からの視点を何より大切にしています。デジタルは0と1で表現されますが、その0と1のあいだが抜け落ちているという感覚はいつも持っています。0と1を使いながらも、人間の心の深いところをいかに表現し作品に内包できるか、それが今後もテーマとして続いていくと思います」。

編集部