藤田嗣治の「乳白色の肌」はどうやって生まれたのか?

国立情報学研究所、ポーラ美術館、東京藝術大学、東京大学、京都大学、三木学の共同チームは、藤田嗣治が1921年に描いた《ベッドの上の裸婦と犬》を主な対象とした調査を実施。藤田作品の特質たる乳白色の肌表現について、その秘密の一端が明らかになった。

文=山内宏泰

「ポーラ美術館コレクション選」展の展示風景より、「レオナール・フジタ - 『乳白色の肌の秘密』」Photo by Ken Kato

ポーラ美術館コレクション展で観られる、最新の研究成果

 箱根山中に佇むポーラ美術館は展示作品の質・量・幅広さが常時たっぷりで、何度でも足を延ばし訪れたくなる場となっている。

 現在も企画展は「モダン・タイムス・イン・パリ 1925 - 機械時代のアートとデザイン」、アトリウム ギャラリーでは「HIRAKU Project Vol.15 大西康明 境の石」、加えてコレクション展も開催されており、充実している。

 コレクション展のなかで、とりわけ注目したい展示がある。展示室3の「ポーラ美術館コレクション選」内で展開されている「レオナール・フジタ - 『乳白色の肌の秘密』」だ。

 室内には、レオナール・フジタすなわち藤田嗣治の上質な作品《ベッドの上の裸婦と犬》《坐る女》《横臥裸婦》《イヴォンヌ・ド・ブレモン・ダルスの肖像》が並んでいる。画面を覆う藤田特有の艶やかな乳白色をじっくり観られて見応えがあるが、それだけに留まらない。この展示は藤田作品に関する新しい研究成果を、実地で確かめられる場にもなっているのだ。

 2023年11月に発表された研究内容はこうだ。

 国立情報学研究所、ポーラ美術館、東京藝術大学、東京大学、京都大学、三木学の共同チームは、藤田が1921年に描いた《ベッドの上の裸婦と犬》を主な対象とした調査を実施。画面内から、異なる発光色を持つ3種類の白い顔料が発見された。藤田は人肌の質感を再現するために、意図的に異なる顔料を使い分けていた可能性が高いと、調査チームは結論づけている。

 なるほどこのたびの調査によって、藤田作品の特質たる乳白色の肌表現について、秘密の一端が明らかになったというわけだ。これは作品の見方や評価にも影響を及ぼす事態とも言えよう。調査のあらましを、以下に追ってみたい。

謎多き藤田作品に科学の目で迫る

 調査の発端にあったのは、「藤田の乳白色の尽きせぬ魅力と謎に、科学の視点から迫りたい」という関係者共通の思いだった。 

 広く知られる通り藤田といえば、1920年代フランスに湧き起こった潮流「エコール・ド・パリ」を代表する画家のひとり。「グラン・フォン・ブラン(素晴らしき白い地)」と称される独特の油彩表現は、当時のパリで大評判をとった。

 猫や女性といったモチーフを得意とした藤田は人肌を描く際、キャンバスそのものが皮膚の柔らかさや滑らかさを表すのを理想とした。そこで肌の質感を再現したかのような、鈍く輝く乳白色の下地をつくる技法を開発。その業を駆使して、ほかの者が真似できない画面をつくり上げた。

 藤田は生前に技法の詳細を語ることがなかったため、彼の乳白色表現は誰に継がれることもなく、謎多きものとして後世に伝えられてきた。現在も技法の全貌はわかっておらず、せいぜい用いられている物質的な組成が明らかになっているばかり。

 その成分組成がわかったのも、ようやく21世紀になってからのことである。

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