EXHIBITIONS

生誕100年 清水九兵衞/六兵衞

2022.04.13 - 07.03

CORRESPOND 2000 岐阜県現代陶芸美術館蔵

截土容黒釉茶盌 2005 個人蔵

CORRESPOND(刻印No.6) 2001 千葉市美術館蔵(個人寄託)

FIGURE 16 1988 千葉市美術館蔵

MASK Ⅱ 1977 千葉市美術館蔵(一般財団法人草月会寄託)

方容(方容條文花器) 1958 個人蔵

ユニット・オブジェ(一輪挿) 1956 個人蔵

 彫刻と陶芸、2つの表現領域で活躍した清水九兵衞/七代清水六兵衞(1922〜2006)。その初となる回顧展「生誕100年 清水九兵衞/六兵衞」が千葉市美術館で開催される。

 清水は、塚本竹十郎の三男として名古屋に生まれた。名古屋高等工業学校建築科を繰り上げで卒業後、招集され沖縄戦の最前線に送られるも奇跡的に生還。復員後は東京美術学校付属工芸技術講習所ならびに東京藝術大学工芸科鋳金部で学んだ。そして1951年に京焼を代表する名家である六代清水六兵衞の養嗣子になると、それ以前に学んでいた鋳金の造形意識を生かした清新な作風を確立した。

 1950年代から60年代にかけて、日展に出品して特選を連続して受賞するなど陶芸家としての高い評価を得るいっぽうで、清水はクラフト作品の制作にも熱中するようになる。しかし陶芸家としての評価が高まるなかで、「もの」と周囲の空間に対する関心が深まり、66年に五東衛の名で初めて彫刻作品を発表。68年に「九兵衞」を名乗り、陶芸制作から離れ、アルミニウムを主な素材とする彫刻家として精力的に活動した。その作品、構造と素材、空間などとの親和(アフィニティ)を追求したもので、日本各地に設置された彫刻からも作家の創作意識を窺うことができる。

 清水は、80年の六代六兵衞の急逝を受けて七代六兵衞を襲名したが、陶芸作品による襲名披露展は87年の時。七代六兵衞としての作品は、土という素材の性質や焼成によるゆがみを意図的に用いたものであり、そこで得られた経験を、陶とアルミを組み合わせた作品や最晩年の和紙やクリスタルガラスによる作品群に生かし、九兵衞/六兵衞としての新たな造形を示した。

 本展では、清水の九兵衞以前の陶芸作品、九兵衞としての彫刻作品、七代六兵衞としての陶芸作品のほか、自ら撮影した写真作品、彫刻制作のための図面やマケットなど約170件の作品と関連資料を通じて、清水の立体造形作家としての生涯を回顧する。

 清水の室内の代表的な作品は大作が多く、また全国の主要な美術館や自治体が所蔵していることから、これまで回顧展を開催することは困難だと考えられていた。本展では初期から最晩年までの彫刻、陶芸作品が揃う好機となる。