EXHIBITIONS

吉阪隆正展

ひげから地球へ、パノラみる

2022.03.19 - 06.19

ヴェネチア・ビエンナーレ日本館 1956 撮影=北田英治、1997

吉阪自邸 1955 撮影=北田英治、1982

サイコロ世界地図 1942 ©︎ 吉阪隆正

自画像 筆描きのタカ 1979 ©︎ 吉阪隆正

大学セミナー・ハウス 本館 1965 撮影=北田英治、1997

江津市庁舎 1962 撮影=北田英治、1994

 戦後復興期から1980年まで活動した建築家・吉阪隆正(1917〜1980)の展覧会「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」が、東京都現代美術館で開催される。

 吉阪は東京都出身。ジュネーヴ・エコール・アンテルナショナルおよび、早稲田大学建築学科を卒業。「考現学」を提唱した今和次郎に師事し、農村や民家の調査に参加して「生活学」や「住居学」の研究を行う。1950年には戦後第1回フランス政府給付留学生として渡仏。ル・コルビュジエのアトリエに2年間勤務して設計実務に携わり、ドミノシステムの実践やモデュロールの理論など、モダニズム建築の流儀を現場で学んだ。

 代表作に、人工土地(*)の上に住む住宅《吉阪自邸》、文部大臣芸術選奨(美術)を受賞した《ヴェネチア・ビエンナーレ日本館》、東京都選定歴史的建造物に指定される《大学セミナー・ハウス 本館》などがあり、コンクリートによる彫塑的な造形を持った独特の建築で知られている。

 個人住宅から公共建築、極地での生活を考えた山岳建築、そして地域計画にまで発展した吉阪の仕事は、設計アトリエである「U研究室(63年に吉阪研究室から改称)」に集まった所員や、教鞭を執った大学院の学生らとの協働でつくられた。そこでは、独立した意見をもつ一人ひとりの個性が最大限に発揮されることで、全体としての調和を目指す「不連続統一体(DISCONTINUOUS UNITY)」の考え方が共通している。

 また吉阪は登山家、冒険家、文明批評家などの顔も持ち、建築だけにはおさまらない領域横断的な活動に取り組んだ。地球を駆け巡ったその行動力から、建築界随一のコスモポリタンと評されている。

 本展は、約30の建築とプロジェクトにより、吉阪の活動の全体像にふれる公立美術館初の展覧会。吉阪の生涯と、建築を中心とした領域横断的な活動を、「生活論(人間と住居)」「造形論(環境と造形)」「集住論(集住とすがた)」「游行論(行動と思索)」の4群による連環としてとらえ、時代やテーマによって7章で紹介する。

 サブタイトル「ひげから地球へ、パノラみる」は、吉阪による造語を組み合わせたものであり、地域や時代を超えて見渡すことなどを意味する「パノラみる」と、吉阪自身の表象であり等身大のスケールとしての「ひげ」、そして個から地球規模への活動の広がり、という意味が込められている。

*──戦後の住宅難解消のため吉阪は「住むためにすべてが準備されている大地を人工の力でつくる」ことを提唱し、それを人工土地と呼んだ。