EXHIBITIONS

幕末明治 有田の豪商展

色絵果実文洋食器セット 肥前 有田 田代製 1870-80年代 佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 有田 田代家寄贈

色絵東屋山水草花喋文大瓶 肥前 有田 久富製 1840-60年代 佐賀県立九州陶磁文化館所蔵 柴田夫妻コレクション

 日本で初めて生産された磁器「有田焼」と、その貿易に尽力した2人の豪商に焦点を当てた展覧会が開催される。

 有田焼の生産が始まったのは1610年代頃のこと。世界市場のほとんどを占めていた中国磁器が中国国内の内乱によって80年代まで輸出を中断すると、その代替としてつくられた。その後、中国磁器の輸出再開や欧州磁器の生産開始で世界市場での有田焼の需要が減り、海外輸出は一時中断された。

 幕末の天保12(1841)年、この状況下で有田の商人・久富与次兵衛はオランダ輸出を再開し、さらに佐賀藩から有田焼独占輸出の権利を得ると、「蔵春亭」の銘で欧米好みの製品開発を行い、長崎に支店を構え海外輸出に乗り出す。安政3(1856)年からは、田代紋左衛門がその権利を継承し、西洋陶技を導入して洋食器や碍子などを生産。銘を「肥碟山信甫」とし、多様な新しい有田焼を世界に送り出した。

 本展では、海外に輸出された作品、生産地・有田の窯跡や久富の支店が置かれた長崎市万才町遺跡の出土品、地元である有田に伝わった作品や「田代家文書」などの資料を通じて、今日に続く有田焼ブランドの礎を紹介。江戸時代にはない新たな有田焼も創造し、産業革命を経て競争の激化した世界の磁器市場において、再び有田焼を押し上げた「蔵春亭」「肥碟山信甫」の歩みをたどる。