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喜多川歌麿

Utamaro Kitagawa

姿見七人化粧 1790–95 メトロポリタン美術館蔵 Harris Brisbane Dick Fund, 1946

 喜多川歌麿は美人画を得意とした江戸時代後期の浮世絵師。生年未詳、出生地も諸説あるが、江戸生まれという説が有力。狩野派の町絵師・烏山石燕に師事。浮世絵師としてのスタートは、1775(安永4)年の中村座の富本節正本『四十八手恋所訳』下巻の表紙絵と思われる。初期の作品には勝川派の影響が見られ、鳥居清長風の美人画を描いていた。転機となったのは蔦屋重三郎のもとから出版した狂歌絵本『画本虫撰』(1788)や『百千鳥狂歌合』(1790頃)で、花鳥や虫類を繊細な筆致で描き好評を博した。

 寛政前期には、《ビードロを吹く娘》(1793頃)を含む「婦女人相十品」の揃物や、評判の美女を描いた《当時三美人》(1793頃)など、画面に大きく女性の半身像を描いた大首絵を次々と発表して時代の寵児となる。とくに蔦屋重三郎版では、華やかな雲母摺の背景を効果的に用い、様々な身分、職業の女性たちを表情豊かに描き出した。

 多大な影響力を持った歌麿の浮世絵は、風紀取り締まりのための出版規制を巧みにかわしつつ続々と世に出されたが、ついに1804(文化元)年に豊臣秀吉の醍醐の花見を題材にした作品で歌麿は手鎖50日の処分を受ける。これを境に歌麿の筆は急速に衰えを見せ、2年後の06年にこの世を去った。2012年、半世紀以上所在不明であった肉筆画の大作《深川の雪》(1802-06頃)が国内で発見され話題となった。