櫛野展正連載:アウトサイドの隣人たち ③進化するデコ街道

ヤンキー文化や死刑囚による絵画など、美術の「正史」から外れた表現活動を取り上げる展覧会をキュレーターとして扱ってきた櫛野展正。自身でもギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」を立ち上げ、「表現の根源に迫る」人間たちを紹介する活動を続けています。櫛野による連載企画「アウトサイドの隣人たち」第3回は、カラフルなガラクタであふれんばかりのデコレーションを店舗にほどこす酒屋の主人、山名勝己(やまな・かつみ)さんを紹介します。

酒屋「ひめじや」の主人、山名勝己(やまな・かつみ)さん
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坂の町や大林宣彦監督の映画でも有名な観光都市、尾道市。JR尾道駅から山側に500メートルほど行ったあたり、尾道市栗原東の住宅街に、異様な雰囲気を醸し出す奇妙な物件が存在している。

国道184号線に並行する旧道を挟んで建つ2棟の建物の、1階部分の壁を埋め尽くす大量のペットボトルやガラクタの数々。上を見上げると、サントリーのレトロな看板に「ひめじや」の屋号が書かれている。そう、ここは酒屋なのだ。道の両側がどちらも酒屋の店舗であり、それらがまるごと「ひめじや」主人の作品となっている。

注意して見ると、惜しげもなく吊るされたたくさんのペットボトルはラベルが剥がされ、色付きのPPバンドが中に突っ込まれている。もちろん、蓋もきっちりと有効活用され、アンパンマンやキティちゃんなどのぬいぐるみ、洗面器までもが作品の一部になっており、そのすべてが針金で括りつけられている。ひとつも落ちていないのが不思議なくらいだ。このオブジェは年々進化・増殖しており、「Google ストリートビュー」ではかつての外観をうかがうことができる。以前訪れたときはスティッチのぬいぐるみが散見されたが、最近は新たに綾波レイのフィギュアが多く括りつけられていた。どうやらご主人は、ブルーが好みのよう。青いホースを輪っか状にして取りつけるなど、アイデアは尽きることがない。

デコレーションした酒屋「ひめじや」の前に立つ山名勝己さん
ラベルが剥がされ、PPバンドが入れられたペットボトル

「わしゃあ、絵描きになりたかったんよ。日大芸術(学部)には受かったんじゃけど、東京芸大に行きたかったんじゃ。受験に来とる人の絵を見てな。ろくな子がおらんかったけぇな。先生の絵もろくな絵がなかったけぇな、辞めたんじゃ。銭(授業料)も安うないし、絵描きじゃ飯が食えんけぇなぁ」。

そう語る店主の山名勝己(やまな・かつみ)さんこそが、作品群の生みの親だ。「ひめじや」という屋号は、姫路出身だった山名さんのお祖父さんが、広島県福山市の出身だった結婚相手のために、隣の尾道に移り住んで商売を始めたのがきっかけだとか。一族は尾道でいちばん大きな八百屋を創業し、豆腐屋などさまざまな商売を手広く営むなかで、この酒屋を継いだのが山名さんだった。

山名さんは1953年生まれ。絵を描くことが好きだった彼は、暇を見つけては電車で倉敷の大原美術館まで行き、そこで半日を過ごすなど、幼少期から名画に親しんできた。特に人の少ない平日の時間帯は、世界の名画を独り占めしている気分を味わうことができたと言う。中学生のときには、尾道美術協会の絵画研究所に所属し水彩画を学んだ。大学は、以前から興味のあったスペイン美術を学ぶため、大阪にあるカトリック系の英知大学(2007年に聖トマス大学に改称。15年に閉校)に進学。スペイン文学科で語学や美術を学ぶなど正統な学問の道を歩んでいた。

ところが、あるときアカデミックな美術教育のあり方に対して疑問を抱いてしまった山名さんは、「ほんまの勉強は自分でする。自分の家でもできる」と2年半で大学を中退し、尾道に帰郷。「八百屋の後を継いでつぶすわけにもいかんけぇ」と、店を営みながら自分なりの制作活動を始めた。

店のデコレーションをする山名勝己さん。かろうじて「ひめじや」の看板が見える
店の前に駐車したアトリエも兼ねている配送車の白いバン

そんな山名さんの主な仕事は、配達業務。アトリエと化しているのが、配送車として店の前に駐車してある、白い軽のバンだ。その車内で、ペットボトルの蓋に穴を開けたり針金を丁寧に巻き上げたりと、山名さんは作品制作に励んでいる。中を覗くと、車のダッシュボードにまでカラフルなペットボトルの装飾が施されていた。

「昔は2階の格子のガラスにも、裏からアクリル絵具で模様を描いとったんよ。朝日が当たったら、ステンドグラスみたいになって荘厳な空間におるように見える。キレイじゃったんじゃけど、法事で部屋を使うんでやめてくれって言われて撤去されたけどな」と笑って語る。そして山名さんは、「人間がしたもんじゃなしに、自然にできたもんがなにより美しい」と言い、捨てられた廃材に優しい視線を向けた。

もともとは10年ほど前に、捨ててあった道路標識を店内に持ち込み、周りを針金やペットボトル、人形などでデコレーションし始めたのがすべての始まりだとか。そのうちデコレーションは店の外にまで及び、現在のような状態になったそうだ。

山名さんの表現は、長年蓄積された膨大なエネルギーを伴って、絵画という平面の中から飛び出している。カラフルに装飾を施していくのは、すべては、街行く人の交通安全のためだとか。店に面した道は、車通りが激しい。いまはただ、何かの折に撤去されないことを祈るしかない。

PROFILE

くしの・のぶまさ アール・ブリュット美術館、鞆の津ミュージアムキュレーター、ギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」主宰。2015年12月13日まで開催された鞆の津ミュージアム最後の企画展「障害(仮)」では、「障害者」と健常者の境界について問題提起した。

http://kushiterra.com/

クシノテラスを応援しよう!

櫛野展正の新プロジェクト「クシノテラス」では現在、ギャラリーの修築や展覧会経費のためのクラウドファンディングを実施中。1000円から支援が可能で、リターンとしてアウトサイダー・アーティストたちの作品が進呈されます。下の画像から、特設ページにアクセスできます。