今年新たにスタートした「Reborn-Art Festival」は、同フェスティバル実行委員会と一般社団法人APバンクが共同で主催するアート・音楽・食の総合イベント。東日本大震災で被災した宮城県・石巻地域を舞台に、地域を活性化し、新たな価値を創造するきっかけをつくることを目的とした芸術祭だ。
本芸術祭でアートをディレクションするのは、ワタリウム美術館館長・和多利志津子と同館代表・和多利浩一の姉弟。舞台となる「石巻市街地」「石巻市街地周辺」「牡鹿半島中部」「牡鹿半島先端・鮎川」の4エリアには美術館・博物館がなく、作品の約8割が屋外に設置されているのが本芸術祭の特徴だ。被災地・石巻と向き合いながら制作された作品の数々。そのなかから、特に注目したい作品をピックアップしてお届けする。
石巻市街地エリア
市街地には、かつては歌舞伎座として賑わい、大正時代に映画館へと姿を変えた「日活パール座」がある。ここは80年代からロマンポルノ専門劇場として、またセクシャルマイノリティーの憩いの場として、被災後も営業を続けてきた地元のアンダーグラウンドカルチャーの拠点の一つ。カオス*ラウンジはこの劇場内で巨大なインスタレーション《地球を止めてくれ、ぼくはゆっくり映画を見たい。》を展示している。
透明なポリカーボネートの群れを抜けると、そこには巨大なスクリーンが出現する。津波によって2.5メートルの浸水を記録したこの劇場で、カオス*ラウンジが生み出したのは「見えない水面」だという。カオス*ラウンジの黒瀬陽平はこの作品について「この作品は鎮魂のためのもの」と語る。「架空の劇場で座っている人たちが見える高さ(2.5メートル)にスクリーンを置いています。スクリーンはパール座にストックしてあったポルノ映画のポスターの画像を切り抜いて、ある種の来迎図をかたちづくっている」。2.5メートルの高さには30客の座席がスクリーンに向けて設置してあり、かつてここにあったであろう賑わいを想起させる。この場所で営まれた文化への敬意を感じる作品だ。
石巻市街地周辺エリア
震災の被害が特にひどく、ほとんどの建物が流されてしまった南浜地域。そこで姿を留めた、ただ2つの倉庫の片方を使ったのが金氏徹平だ。4トントラック150台分の膨大な瓦礫に埋め尽されていたという倉庫。ここで金氏は、様々なオブジェクトを積み上げて石膏を被せることで、それらを一つの抽象的な彫刻に変容させる「White Discharge」の最新作を展示している。
拾ったものと買ってきたもので構成されたこの作品について金氏はこう語る。「出来事や時間軸、ものの関係を考えてつくったもの。いままでで一番大きいものになりました。ものを積み上げることで街をつくっているかのように(結果として)見える。彫刻をつくる際はいつも『もの』『空間』『自分の体』の関係を考えることからスタートします。ですが、この3つの関係について、石巻の人たちは僕たちとは違うものを感じていると思う。だからその関係にいちから向き合うことから始まりました」。
旧北上川を挟んだ倉庫街。ここではBABU、EVERYDAY HOLIDAY SQUAD、STANG、森田貴宏が参加した「SIDE CORE」によるスケートボードをテーマにした作品の数々を見ることができる。会場の「ワンパーク」は震災後の混乱のなか、いつしかスケートパークとして始まった元倉庫の遊び場。しかしここは今年の7月に急遽、行政によって使用停止を宣告されたという。
EVERYDAY HOLIDAY SQUADはここで夜間工事現場とスケートパークを融合させたパフォーマンス映像を含む巨大インスタレーション《rode work》(2017)を展開。このほかプロスケーター・森田貴宏が建物の周囲にスケートコースをつくるなど、ストリートカルチャーによる状況への介入を提示している。
牡鹿半島中部エリア
牡鹿半島中部の洞仙寺でChim↑Pomが展示するのは、人間の涙そのものでできた《ひとかけら》(2017)だ。Chim↑Pomは現地の人々に話を聞き、その人々が流した涙を集め、地下に埋めた冷凍コンテナ内で凍結させた。「遺族の涙」といえば悲しみを連想させるが、ここで集められた涙はそれとは違う意味を持つという。
Chim↑Pomリーダーの卯城竜太は制作背景についてこう明かす。「最初はポジティブな作品をつくろうと思っていたけど、被災した大川小学校なんかを見ると、とてもまだそういう雰囲気ではなかった。でも遺族の方々に作品の構想を伝えて話を聞くと、『悲しみの涙はもうないから楽しいときに涙を流したい』と言ってくれた」。様々な出来事を乗り越えて流された遺族の涙。Chim↑Pomは芸術祭が終わった後もこの涙のかけらを凍結させたまま残していきたいと話す。
30年以上前に廃校した旧桃浦小学校がある山の中。作品が設置されているとはとても思えない環境に、コンタクトゴンゾの作品は点在する。森で実際に生活しながら作品を制作した彼らは、深夜にコバルトライン(牡鹿半島を縦断する国道)を運転し、そこで数々の写真を撮影した。これを引き伸ばし、ペインティングを施したものが《鹿ウォッチャーと深夜ドライブ(と彼の安全な家)(と彼の裏庭の手作り神社)(=テリトリミックス)》(2017)だ。ガードレールや標識といった人工物と、鹿や猫など自然の生き物たちが混在して写り込んでいる写真の数々。コンタクトゴンゾ主宰の塚原悠也は「自然の中で長く生活していると、人間がつくった直線的なものに目眩がしてしまう。そこで、自然の中に直線を持ち込んだらどうなるかと思い、ガードレールに着目しました」と語る。
牡鹿半島先端・鮎川エリア
海岸部の多くが三陸復興国立公園に指定されている牡鹿半島。この先端部分にある「のり浜」で、島袋道浩は自然をそのままに作品へと変化させた。
国立公園という制約上、人工物を一切設置できず重機も使えないこの場所。「倒れた木をReborn、つまり元ある方向に立ててみようと。だから完成形があるわけではなく、会期中に来た人も立ててくれたらいいなと思っています」。その言葉通り、砂浜にはいくつもの流木、倒木がただ立てられているだけ。眼前に広がる海と立っている木々。このプリミティブな風景に何を感じるだろうか。
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行政主体ではなく、また行政の支援に頼ることなく始まった「Reborn-Art Festival」。アートだけでなく、食や音楽を通じて被災地の復興を願うこの芸術祭は、これまで日本各地で行われてきた芸術祭とは一味違う個性を持っている。アーティストたちの現地に対する真摯な態度と、そこから生まれてきた作品の数々。石巻の現在を、アートとともにその目で確かめてほしい。