日常の視点で楽しむ古美術本に、山口汎一の私家版も。京都市立芸術大学から届いたブックリスト

全国の美大図書館から届いた選書を紹介する「美大図書館の書架をのぞく」シリーズ。アートをもっと知りたい、アートも本も好きな読者に向けた連載、第8回は京都府京都市にある「京都市立芸術大学」を取り上げる。同大学の図書館司書に選書してもらった。※10月9日24時まで、すべての方にお読みいただけます。

京都市立芸術大学の外観 写真提供:京都市立芸術大学

 1880年に日本初の絵画専門学校として創立された京都市立芸術大学は、140年以上の歴史のなかで多くの表現者・研究者を育んできた日本最古の芸術系大学だ。2023年には京都駅東部エリアへとキャンパスを移転。街とつながりながら、伝統と先端が交差する新たな芸術創造の場となることを目指している。

伊藤記念図書館(京都市立芸術大学附属図書館)内観

 その新キャンパスにある「伊藤記念図書館(京都市立芸術大学附属図書館)」は、美術と音楽の両学部を擁する総合芸術大学として、幅広い専門知識を結集した教育・研究拠点となっている。芸術資料館や各種研究センターといった学内の研究機関とも連携しながら、多角的な資料活用によって学生や研究者の創造活動を支えている点が特徴だ。 蔵書は、美術・音楽をはじめとする芸術分野の専門書や雑誌を中心に約14万冊以上を所蔵。「小合文庫」「長崎文庫」「高山文庫」など、本学ならではの特色ある専門的なコレクションも備えている。市民(京都市内在住・通勤者)が利用できるのも嬉しいポイントだ。

 そんな京都市立芸術大学の図書館にはどのような本があるのか、学生たちはどんな本を読んでいるのか。ここでは、同館の司書による選書をコメントとともにご紹介する。

年間もっとも借りられている本

『センスの哲学』

千葉雅也『センスの哲学』(文藝春秋、2024)

 「センス」という言葉は、日常生活の様々な場面で使用されますが、実体は漠然としていて曖昧です。その掴みどころのない概念を言語化したのが本書です。生まれもった特質だと思う人が多い「センス」を、著者は「リズム(反復と差異)」として捉え、経験を積み重ねることで磨かれていくものだと論じています。表紙に使われているロバート・ラウシェンバーグの抽象絵画《Summer Rental + 1》(1960)が、本書の内容とどのように関連しているのかについても、興味深く解説されています。

 著者の千葉雅也は哲学者ですが、芸術に造詣が深いことでも広く知られています。芸術にも通じる身近なテーマが、著者独特の親しみやすい文章で説かれている点が、学生に支持された理由のひとつではないでしょうか。

つくる人向けの本

『誰のためのデザイン?  認知科学者のデザイン原論』増補・改訂版

D. A. ノーマン『誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論』増補・改訂版(岡本明ほか訳、新曜社、2015)

 認知科学の視点から、使いやすいデザインの重要性を認知科学者D. A. ノーマンが説いた本です。人間がモノを認識し、操作するプロセスを、デザイナーや開発者に提供する必要があるとノーマンは考えていました。彼は何度も来日しており、日本製品や街で見かけたアフォーダンスのデザイン事例を本書でも紹介しています。Apple社に在籍中には、UX(ユーザーエクスペリエンス)という用語を世界で初めて使用しました。

 本書は、科学技術の進歩・発達に合わせて、2015年に大幅に増補改訂されましたが、1990年の初版からデザインの原則は変わっておらず、ものづくりの根幹となる名著です。「誰のためのデザイン?」と、つねに基本に立ち戻ることが、ものづくりにおいて大切な姿勢といえます。

アート入門にぴったりな本

『美術の物語』

エルンスト・H・ゴンブリッチ『美術の物語』(天野衛ほか訳、河出書房新社、2019)

 借りるには重すぎる。躊躇されがちな分厚い本ですが、美術に興味がある人の入門書には最適な1冊です。専門用語を極力使用していないため読みやすく、美術史の流れがひとつの「物語」のように描かれており、著者エルンスト・H・ゴンブリッチの「誰にでもわかりやすく伝えたい」という目的は達成されているといえます。執筆は第二次世界大戦による中断を余儀なくされ、出版までに約10年が費やされました。

 本書よりコンパクトなポケット版が発行されていますが、前半は解説、後半は図版と分かれた構成になっています。図書館ではどちらも所蔵していますので、読みやすいほうをご利用ください。

「いま、読んでほしい」本

『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』

情報文化研究所『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』(フォレスト出版、2021)

 認知バイアスとは、先入観や思い込み、過去の経験などが影響して、物事の判断や認識が歪んでしまう心理傾向のことです。都合の良い情報ばかりを集めたり、自分は大丈夫と過少評価したり、無意識のうちに誰にでも起こります。

 本書では、専門的な内容を扱いながらも、図やイラストを用いて60の具体例とその対策を紹介しています。「あるある!」と自分の行動を認識する機会となり、思考の“クセ”に気づかされます。情報過多な現代社会において、バイアスの仕組みを理解することは、合理的な判断力を身につけ、誤った情報から自分を守ることにつながります。本書を通して、その力を養ってほしいと願っています。

読むのではなく、「見る」本

『妖精たちが見たふしぎな人間世界 睡蓮の池で見つけた幻想イラストレーション』

スヴェータ・ドーロシェヴァ『妖精たちが見たふしぎな人間世界 : 睡蓮の池で見つけた幻想イラストレーション』(マール社、2017)

 妖精世界で発行された本(豆粒ほどの大きさのもの)が人間世界で偶然に発見され、その本を人間サイズに再現・出版されたものが本書であるという説明からこのストーリーは始まります。

 人間は空想上の生き物でありその存在が認められていない妖精の世界で、「人間と接触した事がある」と証言する妖精たちの摩訶不思議なエピソードが緻密でクラシカルなイラストとともにまとめられています。その奇想天外な考察に笑ってしまういっぽうで、人間の本質を突くような鋭い描写にドキリとさせられます。不思議な世界観と蠱惑的なイラストに魅了される1冊です。

海外の本

『Catalogue of the Feinberg Collection of Japanese art』

edited by Rachel Saunders『Catalogue of the Feinberg Collection of Japanese art』(Harvard Art Museums、2021)

 2020年~21年にアメリカのハーバード美術館にて開催された展覧会『Painting Edo: Japanese Art from the Feinberg Collection』に併せて刊行されたカタログです。展覧会では、米国屈指の日本美術コレクターであるファインバーグ夫妻が何十年もかけて蒐集した江戸時代を中心とする日本絵画コレクションのなかから、貴重な肉筆画など120点以上が展示されました。

 このカタログは、総勢12名もの各分野の第一人者や専門の研究者により作品解説や論考が手掛けられ、それぞれの作品の魅力が丁寧に読み解かれているとともに、日本美術史研究における重要なリファレンス資料にもなっています。アメリカの地で大切に保管されていたプライベートコレクションを、日本にいながらじっくりと堪能できる贅沢な1冊です。

禁帯出の本から、とっておきの一冊

『ぱなとりゑ』私家版

山口汎一『ぱなとりゑ』私家版(1971-82)

 本学美術学部彫刻科を1967年(昭和42年)に卒業した、美術家・山口汎一(やまぐち・ひろいち、1939〜88)が活版印刷によって制作した私家版。タイトル「ぱなとりゑ」の由来は、名前の「汎」+「アトリエ」を合わせた造語です。発行された全11冊のうち、特別号を除き各号30部ほどしか刷られていない希少本です。社会風刺や言葉遊びなど、ウイットに富んだ文章に写真や版画を組み合わせ、版や紙の素材にもこだわってつくられています。

 時折登場する愛嬌のあるキャラクター「パナ爺さん」は、ご本人がモデルなのだとか。高校で美術を教えるかたわら、7000字を超える活字を自ら彫り、全工程を1人で手がけた完全手づくり本『ぱなとりゑ』は、まさに究極の美術作品です。

司書が独断で選ぶおすすめの一冊

『その龍に肉球はあるか? : ささやかな日常感覚から見た古美術』

山中理『その龍に肉球はあるか? : ささやかな日常感覚から見た古美術』(里文出版、2010)

 展覧会などで、歴史的・文化的価値があるような美術品を息を殺しながら集中して鑑賞したはずなのに、後から思い返したときにあまり記憶に残っていなかったという経験はないでしょうか。敷居が高く思われがちな古美術ですが、神戸市の白鶴美術館に勤める著者・山中理が、ユーモアあふれる解説で美術品の楽しみ方を教えてくれます。難しい知識に捉われず、自分だけの探求ポイントを見つけて観察すると、いままで見えなかったものが見えてくるかもしれません。