世界のアートマーケットで何が起こっているかを知りたければ、アート・バーゼルとUBSが毎年公表している「The Art Basel and UBS Global Art Market Report」は必読の文献のひとつだろう。
今年3月に発表された2022年版のレポートによると、昨年の世界の美術品市場は、依然としてアメリカ、中華圏、イギリスが支配的な地位を占めているという。世界第3位の経済大国である日本は、このレポートでほとんど言及されておらず、世界の美術品市場におけるその存在感が薄いことをうかがうことができる。
なぜ、このような状況が起きるのか? 日本を新たなアートハブにするために何が必要なのか? こうした疑問を持ちつつ、NFTブームの盛衰、ウクライナ戦争が美術品市場に与える影響などを含めて、レポートの著者である「Arts Economics」の創設者クレア・マカンドリュー博士に話を聞いた。
──「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2022」では、日本についてほとんど触れられていませんでした。世界のアートマーケットにおける日本の役割について、どのようにお考えでしょうか?
クレア・マカンドリュー(以下、クレア) 私たちは、CADAN(日本現代美術商協会)の協力のもと、日本のオークションハウスのデータを用いて日本のアートマーケットに関する調査を行っています。しかしながらこのレポートは中・大規模ギャラリーがメインの調査対象であるため、小規模ギャラリーが多い日本の現状を十分に把握できていない可能性があります。
いっぽうで私たちは文化庁と何度も連絡をとっており、来年のレポートでは彼らと緊密に協力することで、日本のアートマーケットにスポットライトを当てたいと考えています。日本は非常に興味深い市場です。販売額と販売場所をベースに調査するこのレポートでは、日本のシェアはそれほど高くなく、マーケットはアメリカ、中国、イギリスの3つの巨大市場に支配されています。しかし、日本は歴史的にも、経済的にも富の重要な中心地です。だから、もっと大きなアートマーケットがあってもいいはずです。1980年代後半から90年代前半にかけて、日本のコレクターたちは世界的に大きな注目を集め、アートマーケットにおいて一大ブームを牽引しました。しかし、彼らが作品を購入したのは主にニューヨークやロンドンなど国際的なマーケットであり、その影響は主に海外マーケットに限られていました。
富の分布という点では、日本は主要国のなかでもっともバランスのとれた経済的な富の分配を行っています。ミリオネアの割合は非常に高いですが、人口比で見ると、ビリオネアの割合はそれほど高くありません。日本はアメリカなどのようにトップヘビーではないので、その点でもじつに興味深いマーケットですね。
──たしかに、これまでの日本人コレクターは海外で印象派などの作品を買うことが多ったかもしれません。日本には素晴らしいアーティストがたくさんいますが、日本国内のオークションやギャラリーで作品を買うコレクターのなかには、中国や台湾などの人も多いです。日本の音楽やゲームなどの産業は、世界中でその経済規模に見合ったシェアを占めていますが、アートマーケットのシェアはそれほど高くはありません。
クレア 日本と似たような状況は他国にもあると思います。スペインにも重要な富裕層のコレクターがいますが、彼らが作品を売買するのは海外です。その理由には、税金や規制、ギャラリーなど国内のアートマーケットのインフラが整っていないことが大きく関係していると思われます。
最近、ニューヨークのあるトップギャラリーから話を聞きました。その顧客のなかには、非常に高いレベルで作品を購入し、デジタルアートにも興味を持つ日本人コレクターが数人いるようです。ですから、日本人コレクターはアートに関心がないわけではありません。ただ、日本のインフラには、市場を成長させるための何かが欠けているのではないかと感じています。正直に言いますが、日本の税制や規制の状況について十分な知識がないので、私はもっと深く掘り下げる必要があるのですが。
──日本の文化庁と連絡をとっているとのことですが、今後、日本のアートマーケットについてどのような調査をなされる予定でしょうか?