アジア市場をポールポジションに引き上げた寺瀬由紀。彼女が見据えるこれからの美術界のエコシステムとは?

10年にわたってサザビーズで現代美術マーケットの成長をけん引してきた寺瀬由紀。その寺瀬が今年7月、サザビーズを去るというニュースは、美術関連のメディアのヘッドラインを躍らせた。そして11月、新たなアートアドバイザリービジネス「Art Intelligence Global」を立ち上げた。世界的にかつてないほど現代美術マーケットが活況を呈するなか、権威あるオークション会社を離れ、新たに立ち上げたアートビジネスは何を目指すのか? そしてコロナ禍以後の現代美術マーケットの勢力図について、寺瀬にオンラインで話を聞いた。

文=長谷川香苗

「Art Intelligence Global」を立ち上げたエイミー・カペラッツォと寺瀬由紀
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アジアからイニシアチブを

──今年7月、歴史あるオークション会社、サザビーズの現代美術部門アジア地区総括のポジションを離れ、新たなビジネス、Art Intelligence Global(以下、A.I.G.)を立ち上げました。これはどのような業務を担うのでしょうか?

 寺瀬由紀 A.I.G.はサザビーズの同僚であり、現代美術を含むファインアーツ部門のグローバルチェアマンであったエイミー・カペラッツォ、同じくサザビーズのCOOだったアダム・チンと共同で立ち上げました。グローバルなアートアドバイザリーサービスを、従来のたんなる欧米発信ではなく、アジア発でも提供していく考えです。欧米においてアートのコレクター層が成熟しているとすれば、アジアでは若いコレクター層や潜在的なコレクター層が急増している状況です。経済圏としてのアジアの成長を含め、今後、若い世代が数十年にわたって美術品を購入していくポテンシャルを持っていることを考えると、アジア圏における美術マーケットの伸びしろは計り知れません。

 そうしたなか、私自身が日本人ということもあり、欧米のオークション会社やギャラリーが黒船のようにアジアに進出するというフォーマットではなく、今こそアジアからイニシアティブをとっていける会社をつくりたいと感じるようになりました。アジアの顧客に向けて、アジアの視点でどんな美術を取り入れていけばいいのか、あるいは世界に向けて、どんなアジアの今を発信していくことがいいのか、今後アジアが世界のアートマーケットに占める重要性がますます増すことを考えたときに、世界中にネットワークを持つアジア発のアートアドバイザリーファームをつくる意義を感じたのです。

サザビーズ時代の寺瀬

 ──寺瀬さんはサザビーズ香港に在籍中は2度にわたってNIGOⓇのコレクションを取り付け、在職中最後のオークションとなった今年6月には台湾出身の中華圏で絶大な人気を誇る歌手ジェイ・チョウをキュレーターに迎えたコラボレーションセールを企画してきました。いずれもアジアのコレクターの視点を世界に発信する重要なイベントになったと思います。こうした企画によって従来の美術好きとは異なる新規のコレクター層を取り込むことに貢献しました。サザビーズにいながら、A.I.G.と同等の業務を進めることはできなかったのでしょうか?