10ヶ月で学ぶ現代アート 第2回:「現代アート」はいつから始まる?──現代アートの「系譜学」

文化研究者であり、『現代美術史──欧米、日本、トランスナショナル』や『ポスト人新世の芸術』などの著書で知られる山本浩貴が、現代アートの「なぜ」を10ヶ月かけてわかりやすく解説。第2回は現代アートの「始まり」にフォーカスする。

文=山本浩貴

マルセル・デュシャン 泉 レプリカ 1950 / オリジナル 1917 フィラデルフィア美術館蔵 出典=Duchamp Research Portal https://www.duchamparchives.org/pma/object/92488/

現代アート=連綿と続く美術史の一部

 連載「10ヶ月で学ぶ現代アート」の第2回目に掲げる問いは、「『現代アート』はいつから始まる?」です。今回は、その副題を「現代アートの『系譜学』」としました。「系譜学」という言葉は、やや聞き慣れない方が多いかもしれません。そこで、まずはこの言葉から先に説明します。 

 当初の副題は、「現代アートの『起源』」でした。それを「系譜学」と改めたのは、日本語だとさほど違和感は感じませんが、(なぜそうしたかはさておき)英語に置き換えて考えると、「起源」という言葉の選択は奇妙に思えたからです。「起源」を英訳すると、「オリジン(origin)」や(もう少し「かたい」語彙であれば)「ジェネシス(genesis)」などが候補となるでしょう。前者はともかく、後者がやっかいです。「ジェネシス(genesis)」は、固有名詞(「Genesis」)として用いると、「創世記」の意になる単語です。

  よく知られる通り、『創世記』はユダヤ教とキリスト教の聖典で、人類を含む天地創造の過程が記述されている書物です。そのため、「現代アートの「ジェネシス」(“Genesis” of Contemporary Art)」と言うと、まるである特定の瞬間に(それまでなかった)「現代アート」が誕生したかのような印象を与えます。これは困ります。なぜなら、現代アートは連綿と続く美術史の一部であり、「現代アート誕生の瞬間」のように決定的に同定できる契機は存在しないと筆者は考えるからです(とはいえ、「現代アート」における「現代」の意味を深掘りしたり、「近代以前の」アートと「現代の」アートを区別する点を明確化したりすることは可能です。これらの論点は、次回と次々回で扱う予定です)。