ベルリンのアートシーンに見る「危機の時代」への向き合い方
危機の時代が生み出したアート
危機はいまに始まったことではない。戦争、政治権力・イデオロギー抗争、経済危機、天災、飢え、社会の不安定・退廃、疫病、難民など、過去のどの時代においても危機と日々の生活は隣合わせであり、それはいまも変わらない。
そのような状況のなかでも、人間の非情さや残酷さを糾弾する名作と呼ばれるアート作品は生まれてきた。フランシスコ・デ・ゴヤの大作《マドリード、1808年5月3日》《巨人》、版画集『戦争の惨禍』がまずは思い浮かぶだろう。2つの世界大戦、ナチズム、原爆の悲劇に身を晒された20世紀は、暴虐非道な人間の行為を弾劾するアート、文学、映画など、数々の名作 を生み出した。ピカソの《ゲルニカ》は言わずもがな、ドイツではジョージ・グロスの《ガスマスクのキリスト》をはじめとする社会風刺作品や、オットー・ディックスによる、16世紀初頭に描かれたマティアス・グリューネヴァルトの最高傑作で世界一悲しい絵画と言われる「イーゼンハイム祭壇画」を範とする大作《戦争》を筆頭に、ケーテ・コルヴィッツ、ヨーゼフ・ボイス、アンゼルム・キーファー、ゲルハルト・リヒターなどが手がけた危機の時代を背景に生まれた作品群は現代へと続く。
1930年代アメリカの経済恐慌時、当時の大統領ルーズベルトが行ったアーティスト救済政策とも言えるWPA援助プログラムは、その恩恵を受けたウィレム・デ・クーニング、ジャクソン・ポロックをはじめとする多くのアーティストたちを輩出し、新しいアートの時代を確立した。ここでも危機とアートは深く関係している。
そして今日のメディアは、不条理なロシアのウクライナ侵攻による世界平和の危機、アフリカ各地、イスラエル、アフガニスタンなどの宗教・民族紛争、一向に収まらないコロナ禍、気候変動弊害、自然環境破壊などの情報で埋め尽くされている。またワシントンに本部を置く国際NGO団体「Freedom House」の発表によると、現在世界でデモクラシーを根底に自由な社会に生きる人たちは、5人に1人にすぎず、その数は年々減少しているというのだ。現在の我々は、人間の自由や自律を奪う政治的・宗教的な独断的教理のもとで、独裁主義がはびこる世界状況のみならず、人間自らの手による自然破壊が進み、人類や地球自体の生存さえ危ぶまれる大危機の真っただ中にある。このような状況下、アーティストたちはいったい何を考え、何を生み出すのか。