文化芸術活動はいかに収益力を強化できるのか? Vol.5 独立行政法人日本芸術文化振興会の事例から

多様な文化芸術活動の収益力強化について考え議論する場を提供する、凸版印刷と美術手帖によるプロジェクト「サバイブのむすびめ」。トークイベント最終回となる第5回目に登場したのは、独立行政法人日本芸術文化振興会の大和田文雄理事。国立劇場を運営する同振興会のコロナ禍での取り組みとは。

文・撮影=中島良平

トークイベント風景より
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 「2月の末から開催自粛が何度か要請され、結局3月歌舞伎公演『義経千本桜』が全日程中止となりました」と、コロナ禍が始まった2020年2月の状況を説明する大和田理事。

大和田文雄理事
 

 「尾上菊之助さんが主人公三役を演じる意欲的な公演であり、熱心に稽古を積まれていたので、これを無料で配信することにしました。Aプロ、Bプロ、Cプロの3本を収録し、一部編集を加えて配信したところ、40万人に視聴していただきました。YouTubeの国立劇場チャンネルの登録者数も、それ以前は4500人ほどだったのですが、現在は2万人あまりまで増えました」。

 4月6日のアナウンスから30日までの期間限定の公開で、40万という圧巻の再生回数を記録した。認知度が着実に高まり、劇場に足を運べない人々にも届けられることを実感した日本芸術文化振興会では、国立劇場ならではの入門動画『松本幸四郎の歌舞伎を知ろう』の制作を決めた。

 「毎年6月と7月に国立劇場では、学生をおもなターゲットに歌舞伎鑑賞教室という入門公演を開催しているのですが、昨年は感染拡大防止のために中止を余儀なくされたので、それに代わるものとして入門動画を3本制作しました。劇場では30分の解説に、1時間半ほどの演目を見ていただく構成なのですが、それをどう映像に置き換えるか、幸四郎さんとも相談しながら、まとめました。映像らしさを生かすために、バラエティ番組のように八嶋智人さんが司会を務め、大道具や化粧など、3回に分けてテーマごとに幸四郎さんが説明をします」。

トークイベント風景より
トークイベント風景より

 歌舞伎の敷居を下げることが目的なので、コンテンツ内では「敷居メーター」という仕掛けをCGで合成し、動画が進むごとにメーターが下がってくるというバラエティ番組のような演出を施した。その配信が、歌舞伎鑑賞教室を予定していた時期から1ヶ月程遅れて、8月末から配信が開始した。

 国立劇場で上演される伝統芸能である文楽等のコンテンツも制作された。経産省が運営する「J-LODlive(コンテンツグローバル需要創出促進事業費補助金)」に申請し、海外に向けて無料配信を開始した。

 「これは、無料配信によって、将来的なインバウンドの集客のために日本の伝統芸能を知っていただく事業なのですが、いっぽうでもともと記録用に収録され、国立劇場内でご覧いただいていた映像アーカイブがあるので、コロナ禍をきっかけにそれも配信するようになりました。以前から学校教材として映像を見せたい、という要望などをいただいていましたが、なかなか対応できていなかったので、動画を教材としても使用するための流れができてきたと感じています」。

トークイベント風景より

 総括として、「サバイブのむすびめ」トークイベントでモデレーターを務める事業構想大学院大学の青山忠靖特任教授は、古典芸能の普及の可能性を次のように話す。

 「ターゲットを決めて配信することが重要だと思います。人形浄瑠璃であれば、東ヨーロッパで驚異を呼ぶのではないかと思います。東欧ではかつての社会主義の影響もあって子供の頃から社会風刺という文脈の中で人形劇を見る文化があるので、おそらく文楽ほどに情念の世界を描いた人形劇を見たらその奥行きの深さに驚くのではないかと思います。それと、30代後半から40代ぐらいの働き盛りの男性層ですね。文化的な知識がある方であっても、その多くが欧米からの輸入文化が中心ですよね。そうではなく、日本の伝統を見てみようと、たとえば『歌舞伎を見る粋な“イキメン”になろう』みたいな。ライフスタイルに取り入れるアプローチができないかと。コロナ禍という状況をポジティブに受け止めて、そういう世論をつくれないかと思うんですよね」。

 記録映像のアーカイブを保有することが大きな強みである国立劇場。新作映像も制作しながら、単発からサブスクリプションでの配信まで、劇場での公演が限られた状況での収益の可能性が今回のトークで共有された。

青山忠靖