舞台上の演者が劇場にやってきた観客とつながり、空間が一体化してつくられるのが舞踊作品であり、あくまでも映像は記録資料として撮影されていた。もし映像で舞踊を見せるのであれば、劇場中継を実施するだけではなく、映像のために新作を手がけることは不可欠だ。尾上は映像制作という挑戦について次のように話す。
「劇場に行けば踊り手の全身を見たいと思いますし、踊りというのは演者が伸ばした手の先の空間も含めて表現空間になっているので、劇場に行けば視点を動かしながら見ることができます。しかし映像では視点を限定する必要がありますが、ずっと引きの映像を見ていると退屈してしまいます。劇場で見えないぐらいに寄ったり、全身を見せたり、ストレスを感じさせないカメラワークと編集によって、映像だから可能な表現があるのだと感じることができました」。
作品のタイトルは『地水火風空 そして、踊』。日本一透明度が高いと言われる高知県の仁淀川や、杉本博司の設計で知られる江之浦測候所の光学ガラス舞台などで舞踊家が舞う様子が撮影され、人間が生きるために必要なものとは、自然要素のすべてと踊りだということが映像に表現された。
「普段は水や風を体の表現で見せますが、踊り手が仁淀川に入り、清い水で潔斎し、天女になる場面を撮影するというのは新たな表現への挑戦でした。踊り自体は特別な振り付けをしたわけではなく、水の中で踊るということで、映像だからこそ伝わるものがあるということを実感できました」。
7台のカメラで撮影が行われ、さまざまなカットから編集作業が進められた。舞踊の専門家では思いつかない演出が映像のプロフェッショナルから提案され、演目のつくり手として、踊り手として新たなやりがいが生まれた。江之浦測候所の光学ガラス舞台でも、朝日を浴びながら舞台と海、空の切れ目が判別つかないような風景のなかを舞う幻想的な光景が映像に収められた。
「もうひとつが公演映像の配信です」と、狂言師の茂山逸平と結成した「逸青会」の公演映像の配信について説明する。「能舞台での撮影で、実際にカメラマンが舞台に上がり、一緒に踊るような状態でも撮影したので、客席から見た“引き”と“寄り”の映像、さらには舞台上の目線の映像も組み合わせました。舞台上で踊り手の表情も見えますし、新しい楽しみ方をご提案できたのではないかと思っています」。
通常の公演では行わないトークも映像に収め、舞踊の初心者にも親しんでもらえるように情報を提供し、さらには、劇中劇をスタジオで映像に収め、CGを使ってインサートするなど、映像だからできる表現を模索した。
劇場で舞踊を見せる公演活動が映像によって広がったのとあわせて、舞踊の指導者として携わる花柳界の活動においても、コロナ禍で大きな取り組みに着手した。
「芸妓さんや舞妓さん、芸者さんの踊りの催しがいろいろありますが、私は東京では新橋、京都では先斗町で踊りの指導をしています。しかし去年のコロナ禍で、催しどころかお稽古もできない状況になってしまったので、毎年5月に京都で行われている『鴨川をどり』をオンライン版で実施するために、クラウドファンディングに挑戦しました。着物やかつらにいくらかかるのか、大道具や照明などすべての経費を開示することで、1500万円を目標にスタートして4100万円を達成することができました」。
最高額ひと口300万円まで複数のコースが設定されたクラウドファンディング。リターンには、お座敷への招待や舞妓さんからのメッセージ動画、撮影会への参加チケットや浴衣の反物など幅広いが、未経験客が座敷遊びをできるチャンスとして支援金を支払うケースも、常連客がリターンなしで存続のために支援するケースもあったという。モデレーターを務める事業構想大学院の青山忠靖特任教授は、「300万円寄付された方が2人、100万円が8人もいらっしゃるなんて素晴らしい成果です」と驚きながら、舞踊を普及させるチャンスの策源地に言及する。
「現在は幼児教育が注目されていて、ピアノやリトミックを習わせる親御さんが多いと思いますが、そこに舞踊を加えるのはいかがでしょうか。私は七五三にチャンスがあると思っています。ずいぶん昔の話ですが、私も5歳で紋付を着て、行儀よくする作法なども教わった覚えがあります。着物は着る人の意識を変えます。女の子でも男の子でも着物を着て行儀を覚え、仕草や作法などから舞踊につながっていく幼児教育というのは、広く舞踊が根付くために効果的ではないかと考えています」。
コロナ禍で生まれた映像表現の可能性はコロナ後も続ける予定であり、さらに舞踊という文化を存続させるために普及活動を行うという。「日本舞踊は手軽だからやってみましょうよ、と気楽なものとして広めるのではなく、どれだけ憧れていただけるか、素敵だと感じていただけるか考えながら普及を行いたい」と語る尾上菊之丞が率いる日本舞踊協会の動きに注目したい。