あの人のアートコレクションが見たい!:「アーティストは人生をかけて我々に知らない世界を見せてくれる」。白木聡・鎌田道世夫妻

急増しているアートコレクター。作品が飾られているコレクターの自宅を、アートコレクターでありオークション会社での勤務経験もある塚田萌菜美が訪問して紹介。作品を愛するそれぞれの人柄が現れるような、千差万別のアートコレクションをお届けします。

文=塚田萌菜美

自宅にて、白木聡と鎌田道世
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 今回は収集歴が30年を超えるアートコレクターの夫妻である白木聡さん、鎌田道世さんのお宅を訪問しました。1990年代に知人の建築家に設計していただいたという、天井高がある特徴的なご自宅。作品がセンス良く展示されており、国内と海外の作家が共鳴し合う、とても魅力的な空間でお話をうかがいました。

「よくわからないけれど、気になる『何か』」を大切にする

 どちらも広告業界勤務という背景を持つご夫妻。最初に、購入した作品について尋ねてみました。

 白木さんが初めて作品を購入したのは建築学科に在籍していた大学生のころ。アルバイト先の設計事務所の先輩に連れられてギャラリーを訪れたことがきっかけだったそうです。

展示風景より、正面壁面が千葉正也(上)と杉戸洋(下)の作品

 いっぽうの鎌田さんは、幼いころから美術館には足繁く通ってはいたものの、作品を購入するようになったのは就職後に白木さんと職場で出会ってから。鎌田さんは白木さんと初めて訪れたギャラリーで現代美術に出会い、30代前半で辰野登恵子さんのドローイングを購入したとのことです。

左から、ビヨルン・ダーレム、ローマン・シグネール、戸谷成雄の作品

 ギャラリーめぐりが生活の一部になっているというご夫妻。夏休みなどを利用してしばしば海外の美術館やギャラリー、アート・バーゼル、フリーズ、アーモリーショーなどのアートフェアも訪れてきた、生粋のコレクターです。

 そんなご夫妻は作品をどのように選んできたのでしょうか。「惹かれるのは、何だかよくわからないけれど、気になる『何か』を感じさせてくれるものですね。また、例えば家での日常生活の中で、ふと作品を見たときに新たな発見があるとか。あるいは『作家があのときに言ってたことは、つまりこういうことだったのか』と、時間を経てわかるとか。そういったことがすごくおもしろいんです。何だかわからないけれど、気になる『何か』を感じる作品が結果として集まりました」(白木)。

 コレクションはすべて合議制で決定するというご夫妻。予算を考えつつ、意見が割れたときは何度も話し合いを重ね、また作家やギャラリストの話も聞きながら、どうしても欲しい作家の作品があるときは数年計画で購入作品を決定することもあるそうです。

展示風景より、サーニャ・カンタロフスキーの作品

 「納得できる作品を手に入れたいと思っているので、購入を悩んだときは次の展覧会まで待つこともあります。ただ、それで後悔することも少なくないんです。買っておけばよかったなあ、と振り返って思うことも多々あります」(白木)。

 最近購入した作品は、今年9月のフリーズ・ソウルで展示されていた、ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動するアフリカ系の作家、マーカス・レスリー・シングルトンの小作品とのこと。 「知らない作家だったけど買ってしまいました。以前も同じギャラリーからウィリアム・ポープ・Lというアフリカ系アメリカ人作家の作品を買ったことがあって、またご縁がありましたね。独特の色づかいや配色などは、日本人作家のものとは、また違ったものを感じます」(白木)。

マーカス・レスリー・シングルトンの作品

 作品を家で見ると見え方も変わるし、時々展示作品の入れ替えをすると気分も変わって楽しい、とご夫妻は言います。表面がデリケートな作品や写真を除いて、多くの作品は額装せずに飾られています。

 「アートにはいろいろと救われることがあります。例えば会社などで仕事をしてると、常識と違う意見を言っていいのか不安になったこともあるけれど、アートはいろんな価値観があっていいということを教えてくれるじゃないですか。作品をつくることって、すごく大変なことだと思うんですよ。人生をかけて我々に知らない世界を見せてくれているわけですよね。それに対する愛情やリスペクトが、見る側に前提としてあるべきだと思います」(白木)。

 「最初は家に飾る前提で買っていたんですが、そのうち家に入るかどうかは置いておいて『この作品は持っておいた方がいいんじゃないか』と考えるようにもなりました。コレクター心理ですよね(笑)。でも、やっぱり私は家で飾りたいという思いがあります。作品を見ているだけで、気分転換にもなりますから」(鎌田)。

展示風景より、左から須田悦弘、クララ・クリスタローヴァの作品

 なかには、季節ごとに入れ替える作品もあるとか。「例えば、正月には森村泰昌さんの《写楽四態》とか。また、夏は杉戸洋さんの浮き輪をしたロボットのようなものが描いてある作品、クリスマスにはロブ・プルーイットのグリッターの作品などです。色々と季節によってに組み合わせを変えたりもします」(白木)。

作家やギャラリーとともに成長していく

 コレクターとして長いキャリアを持つおふたり。改めて、アートをコレクションすることの醍醐味とは何かを尋ねてみました。鎌田さんは次のように言います。「かつて、村上隆さんが家に作品を設置に来てくれたり、奈良美智さんと気軽に会話をすることもありました。おふたりとも、いまは世界中のアートファンが知る有名作家になりましたが、そうやってアーティストがキャリアを積んでいく様子を、コレクターとして傍らで見ることができたのは、ほかにはない得難い体験でした」。

コレクションの奈良美智作品

 白木さんは、若い頃から作家やギャラリストたちと歩んできたこれまでについても次のように語ってくれました。「いろいろな作家やギャラリストたちと、同じ時代を見てこられたんですよね。その中には、いまでは美術の歴史に残るようになった人たちも多くいます。まだ価値の定まっていない頃から作品を買い、そして時間を経て後世に残していくことで、ある意味新しい美術の歴史をつくる一翼を担えたのかな、と思うとおもしろいですよね。美術って不思議なもので、いまはたとえ評価されていなくても、もしかしたら50年後に再評価される可能性があるわけです。だから、そのときのためにちゃんと作品を残しておかないといけないとは、つねに考えています」。