こだわりの家具やインテリアとともに、作品やオブジェが自然に並ぶ空間。今回お邪魔したコレクターの島林秀行さんのご自宅には、すべてに美意識が行き届いているのにかしこまりすぎない、リラックスした空気が漂っていました。
島林さんのお仕事はマーケティング・PR。2019年に本業のスキルを活かすかたちでPR会社を立ち上げたり、そのスキルとアート業界を掛け合わせたりすることで、大手企業、百貨店、行政など多岐にわたる取り引き先を持っていました。
島林さんが現代美術に触れるようになったのは、大学でフランス文学を専攻し、文学と哲学、現代思想とアートを学ぶようになってからのこと。2000年代初期の学生時代に、食糧ビルディングにあった伝説的なオルタナティブスペースや山本現代(現在のANOMALY)を訪れ、直に作品に触れていたそうです。
そんな島林さんですが、具体的に購入意欲が生まれたのは就職後のこと。「30歳のとき、僕の同期が亡くなったんですよ。とてもショックで、自分がやりたいことをやろうと思って買い始めました」。
8メートルの作品を購入、引っ越しも
初心者コレクターは、まず自宅の壁に飾ることができる小型から中型の作品を買う場合がほとんどですが、島林さんは会社員として働きながら、コレクション3作品目にして8メートルもの大型作品を購入し、それを飾るために家を引っ越されたそうです。
「金光男さんの作品です。本当にキャリアの最初期で、まだギャラリーもついてませんでした。たくさん購入した後、金沢21世紀美術館や海外でも個展をするなど、一緒に成長している感じがありました。8メートルあり、10枚パネルで分割もできますが、それでも押入れに入りきらないんですよ。まあ、生活に支障をきたしますよね(笑)。その作品を展示したいと思って引っ越しをしたら、またスペースが生まれて作品がどんどん増えていきました」。
引っ越し後には、よりダイナミックなこんなエピソードも。 「屋上にボスコ・ソディの《レンガ》を50個(当時1個1000円)、300キログラム分を置いていたら家の歪みが直ったんです。屋上に出るドアが閉まらなかったのが直ったんですよ(笑)」。
その後もコレクションは増え続け、現在では500点を超えるまでになったそうです。なかには、冷蔵庫で保存している折元立身によるフランスパンの作品のような、個人のコレクションとしては個性的な作品もありました。
コレクション開始当初は、卒業制作展などをめぐって、数万円の作品などをアーティスト経由で直接購入していたとのこと。誰よりも早く見つけたいと能動的に情報収集しコレクションをした結果、その作家が有名ギャラリーに所属することになり、作品が購入時の価格の10倍以上になるというコレクタードリームも経験されています。ただ、そうした目利きとしての立場以上に、アーティストと対面で語り合い、関係を築いていくことを楽しんでいらっしゃるのが、エピソードの端々から垣間見えます。
作品の購入場所についてはとくにこだわりがなく、プライマリーでもセカンダリーでも購入されているとのこと。聞くと荒川修作や榎倉康二など、現在盛り上がるポップな作品の影に隠れがちな、価格が落ち着いてきた戦後の名作を安いタイミングでしっかり押さえていらっしゃると感じました。
そんな島林さんですが、いまはコレクターとしてのステージが昔と変わってきているとのこと。「最近言い始めた言葉が『50年間引退し続けたい』です。能動的に買おうと作品を見るのと、コレクターを引退した目線で作品を見るのとでは、アートの見方が全然違ってくるわけで、いまはそれが心地よい。前は新しい何かを具体的にやろうとしてるアーティストが好きでしたが、いまは『出会ってしまう』『いいなと思ったら自然と買ってしまう』感じになっています。だから、引退し続ける、というスタンスをとっていても、結果的に買う量は増えていて(笑)。とはいえ、確固たる信念があるわけではなく、最近では渡辺志桜里とMESの作品を購入したときに昔のような能動的なスイッチが入ってしまいした。単純に僕のモードの話なんで、ひょっとしたらまた能動的なコレクターになるかもしれません」。