タカノ綾がパリ・ペロタンで見せた「200年後の理想郷」

パリのギャラリー・ペロタンで2017年3月16日〜5月13日にかけてタカノ綾による個展「タカノ綾:ゼリゐ文明の書」が開催された。同ギャラリーで5年ぶりとなった個展でタカノが伝えたかったものとは?

文=かないみき

タカノ綾 The Adventure Inside 2015 ©2015-2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin

 ギャラリーの中庭から窓越しに、タカノ綾が描く少女たちの顔がのぞいていた。その扉を開けて広がるのは、日本の都市風景から夢のような世界まで、時空を移動して2つの文明を駆けるひとりの少女の物語だ。そこに登場する少女たちの丸い顔に大きな瞳、平滑な胸、長い手足。カンヴァスの中を漂うような姿は華奢に見えてしなやかで、タカノの物語をたしかに生きている。

 パリのギャラリー、ペロタンでは5年ぶりとなるタカノの個展が、今年3月から5月にかけて開催された。23点に及ぶ絵画の展示は4つの部屋から構成され、ひとつめの部屋には、ダークな影がつきまとう現代の日本の女子高校生たちの肖像。都市に氾濫する看板(情報)に追い立てられるような少女や、暗闇の中、自転車に乗って何かから逃げているような少女、売春していることが暗示される少女など。その風景には、現代の日本社会を示すディテールが目につく一方、どこか近未来的な雰囲気も同居し、幻想的な高揚感がある。

「タカノ綾:ゼリゐ文明の書」会場風景 Photo by Claire Dorn ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin

 2つめの部屋では、本展のタイトルでもある「ゼリゐ文明」という200年後の世界が待つ。長閑な山並みや青い空といった自然の風景に、不思議な植物や動物たち、柔らかそうな物体とともにある穏やかな少女たちの姿や、彼女たちがパーティーに興ずるような華やかな場面がある。そこから、現代と200年後の世界が対峙された3つめの部屋、そして最後の部屋ではセル画も展示されている。

「タカノ綾:ゼリゐ文明の書」会場風景 Photo by Claire Dorn ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin
「タカノ綾:ゼリゐ文明の書」会場風景 Photo by Claire Dorn ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin

 本展のために構想されたこの物語は、同じタイトルのSFコミックスの単行本『ゼリゐ文明の書』として描かれ、すでに日本でも発売されている。タカノにとっては2002年の『Space ship EE』から、およそ15年ぶりのマンガの単行本発売となる。パリでの本個展の準備をしていたところ、たまたまコミックスの編集者からマンガを描かないかという提案があり、キャンバスに描いていた物語をマンガとして描くことになったという。

 会場の構成もマンガのコマのように、絵画はテンポよく多数並ぶ。アートとマンガというふたつのジャンルを悠々と渡り歩くタカノの創作活動も、彼女の描く少女たちのようにまた、自由だ。「絵画」のなかでは「ことば」を持つことのなかった少女たちが、「本」となり人の手に収まるマンガの世界では、フキダシを携えて語り出す。

「タカノ綾:ゼリゐ文明の書」会場風景 Photo by Claire Dorn ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin
「タカノ綾:ゼリゐ文明の書」会場風景 Photo by Claire Dorn ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin

 タカノは幼い頃から「モノ」のかたちやデザインに違和感を持ち、すべてが柔らかく傷つけ合うことのない文明を空想したという。コミックスの『ゼリゐ文明の書』では、過去と未来が交錯しながらストーリーは進む。荒んだ環境にある若者たちの世界から一転し、200年後の新たな文明に生きる彼らの物語であり、そこはタカノにとっては理想郷なのかもしれない。

 2011年に起こった東日本大震災が、自身のその後の生活や制作にも大きな影響を与えていることも関係している。震災後、彼女は食べるもの、着るもの、そして制作に使うマテリアルまで、自身の意識が変わっていったと話す。震災、津波、原発事故の体験から、自然や動物たちとの共存、柔らかくリスクのないものの存在を描くといったヴィジョンは、より強くなっていったのだろう。

タカノ綾『ゼリゐ文明の書』は日本語版と英語版の2種類が出版されている ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin

 「もっと想像もつかないような文明のかたちがあってもいいと思うんです。私たちにはいろいろな選択肢がある。うまくいえないけど、ただ享受するんじゃなくて、まだ想像もつかないような、存在もしていないような、新しい文明を、皆、それぞれひとりひとりがつくっていったらいいのになって思います」(コミックス単行本『ゼリゐ文明の書』でのタカノ綾インタビュー「とにかくゼリイ文明を描きたかった」より)

 現代文明が終焉に近づくなかで、タカノの柔軟な想像力は、その創作活動によってゆっくりと弾けている。「ゼリゐ文明の書」は、科学や技術の進歩がどのように影響を与えることができるのか不確かな、人間の内面の救いについての物語でもある。

タカノ綾 Photo by Claire Dorn ©2017 Aya Takano/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. Courtesy Perrotin

編集部

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