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リミナル・スペースの“園芸家”。韓国人アーティスト、ジンジュン・リーの創作に見る東アジアの庭園と風景の思想

今年、ロンドンのコリアン・カルチャー・センターUK(KCCUK)で個展「Audible Garden」(2023年7月21日~10月13日)を開催した韓国人アーティスト、ジンジュン・リー。自らを「光、音、イマジネーションを育てるガーデナー」と表現しているリーの制作に迫る。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「Audible Garden」展(コリアン・カルチャー・センターUK、ロンドン、2023年7月21日~10月13日)の展示風景より、会場にいるジンジュン・リーAll images courtesy the artist and Korean Cultural Centre UK, photo by Dan Weill

 韓国人アーティストのジンジュン・リーは、自らを「光、音、イマジネーションをリミナル・スペースで育てるガーデナー」と表現している。なぜ「ガーデナー」なのかと尋ねると、彼はこう答えた。

 「私にとっての庭とは、具現化されたユートピアのビジョンであり、様々な文化や歴史において理想とする空間やイメージを具体的に認識するもの。また、庭はたんなる自然のための空間ではない。もっと象徴的で概念化された場所であり、様々な文脈がある。そこで私たちは様々なものを読み取ることができる。例えば庭は、美しい花や木々が所有者や訪問者を喜ばせるために特定の空間に移されてきたディアスポラ的な空間でもある。だから、庭の文脈を読み解くことで、そこに隠されたテキストを明らかにすることができる。そして、庭は生と死がつねに連続する空間でもある」。

「Audible Garden」展の展示風景より

 ジンジュンは今年、ロンドンのコリアン・カルチャー・センターUK(KCCUK)で個展「Audible Garden」(2023年7月21日~10月13日)を開催。同スペースのキュレーター、リー・スーは本展について次のように述べている。「ジンジュンは、自然や風景、東アジアの風景画に興味を持ち、それらの概念について探求してきた。今回の展覧会は、彼の長年の研究テーマである庭と風景を哲学的、視覚的にとらえた真骨頂だと言える」。

 展示室の入り口には、アレクサンダー・カルダーを思わせるモビール彫刻《Hanging Garden》が展示。同作には、12個のスピーカーが様々な方向を向いて設置されており、それぞれにジンジュンの子供時代を象徴する音が再生されている。例えば、鳥のさえずり、水滴の音、救急車のビープ音、子供たちの笑い声などだ。

「Audible Garden」展の展示風景より、《Hanging Garden》

 作品で使われたのは、全方向に広がらず、一方向にのみ音を直線的に発する超指向性スピーカー。ひとつのスピーカーの前に立つと、その音しか聞こえない仕組みとなっている。作品を歩き回りながら、様々な音を楽しむことができる。それについて、リー・スーはこう説明している。「ジンジュンの作品を理解するには、彼の子供時代を知る必要がある。彼は幼少期、結核と喘息を患っていたので、友達と一緒に走り回ることはできなかった。家の隅で静かに座って、友達が走り回っているのを見ていただけだ」。

 リー・スーはこう続ける。「歩き回るという行為は、韓国や東アジアの風景画の哲学に関係している。伝統的な西洋絵画とは異なり、東アジアの風景画家たちは風景を描くとき、その雰囲気や、そこに込められた感情や記憶をとらえることを重要視している。歩き回りながら異なる方向から作品を鑑賞することには、ジンジュンの幼少期の記憶を分かち合うという考え方も込められている」。

「Audible Garden」展の展示風景より、《Mumbling Window》

 ジンジュンは1974年韓国・馬山(マサン)市生まれ。その実家の近くには、風水で縁起が良いとされる龍馬山(ヨンマサン)という山があり、古くから病人が療養のために訪れ、現在もその周辺には国立結核病院や療養所が存在しているという。1970年代、経済発展のため現地の人々は龍馬山の木を伐採し、ジンジュンはその光景を「不毛の山」だったと記憶しているという。その後、韓国政府は全国的な森林再生キャンペーンを開始し、山は緑を取り戻した。肺の疾患に苦しんでいたジンジュンはそこに安らぎを見出した。

「Audible Garden」展の展示風景より、《Two Mountains》

 本展で展示された《Two Mountains》は、一見真っ黒に見えるが、懐中電灯やスマートフォンのライトで照らすとその模様が見える2枚の絨毯によって構成された作品。それぞれには、ポール・セザンヌの絵画《サント=ヴィクトワール山》と、ジンジュンの子供時代の思い出を表した馬山の街の地図がプリントされている。リー・スーによれば、同作でジンジュンは、セザンヌの絵画の背後にある哲学と自分のアプローチの類似性について探ろうとしたという。セザンヌは風景の正確な描写ではなく、そこに込められた感情や記憶を描くことでも知られている。ふたつの山は時空を超えて響き合っている。

「Audible Garden」展の展示風景より、《Two Mountains》(部分)

 もうひとつの作品群、廃棄された牛乳のペットボトルをかたどった彫刻シリーズ「Black Milk」も印象的だった。「私たちは、おそらく韓国で牛乳を手に入れた最初の世代だ」と話すジンジュン。牛乳は出産や豊穣、純潔を象徴しているいっぽうで、黒いボトルは不純な印象を与える。また搾乳から加工、流通に至る過程は、ジンジュンの作品に一貫して見られる人工性と工業化というテーマとリンクする。

「Audible Garden」展の展示風景より、「Black Milk」シリーズ

 幼少期の記憶にまつわる作品のほか、データやテクノロジーを使って個人的な感情や記憶を表すこともジンジュンの作品の特徴のひとつだ。例えば、室内で鑑賞する「水石」をテーマにした《Thrown and Discarded Emotions》は、ジンジュンが神経画像技術を用いて恐怖、怒り、幸福、嫌悪、驚きといった5つの感情脳波パターンを追跡して具現化したもの。《Daejeon, Summer of 2023》は、テジョン市で教えていた今年の夏に日記のように毎日つくったLPレコードをカメラセンサーが読み取り、データ技術によって音に変換させる作品だ。

「Audible Garden」展の展示風景より、左は《Thrown and Discarded Emotions》
「Audible Garden」展の展示風景より、《Daejeon, Summer of 2023》

 また、巨大な壁画作品《Audible Garden》は、《Daejeon, Summer of 2023》のデータを異なる大きさのドットに変換したもので、各縦列に配置された88個のドットはピアノの88個の鍵盤に対応し、実際に演奏可能な楽譜を形成する。同作は遠くから見ると風景画のようにも見える。《Mumbling Window》では展示空間を超現実的な緑の色で覆い、通りに向かって設置されたカメラを通して撮影された外の日常的な風景や活動をアルゴリズムによって映像と音に変換し、展示室内で再生している。

「Audible Garden」展の展示風景より、壁面の作品は《Audible Garden》
「Audible Garden」展の展示風景より、《Daejeon, Summer of 2023》

 本展についてリー・スーは、「彼はこの展覧会をひとつの風景としてとらえたいと考えている。各作品は、彼の感情や思い出を込めた風景を東アジアの山水画のように異なる視点から解釈することができる」とし、ジンジュンの制作について次のように話している。

 「西洋の庭づくりは、既存の景観のなかに自らのデザインを押し込んでいくようなものだ。いっぽうで韓国など東アジアの伝統的な庭づくりは、既存の景観を理解したうえで、ちょっとしたパーツを付け加えたりし、大きくは変えない。彼が実践しているのはそういうことだ」。

 ジンジュンは、「東洋哲学では、庭の岩のなかに宇宙が存在すると考えられている」としつつ、その空間に関する実践について次のように話している。

 「私の芸術的実践は、まず空間の状態を読み取り、その継続的な状態に関与すること。空間そのものについて、何か具体的に興味深い点を開拓したい。そして、その空間体験を自分のつくりたいものに変えていきたい。ガーデナーというのは、何かをつくることではない。自然が自らを修正するための条件を見つけ、それを読み解くことなのだ」。

「Audible Garden」展の展示風景より

編集部

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