1872年に発足した、日本最古の博物館である上野の東京国立博物館。その開館150年を記念して、同館所蔵の国宝をすべて公開する特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」が開幕した。会期は12月18日まで(会期延長)。
東京国立博物館の収蔵品は約12万件。その頂点といえるのが国宝だ。同館に収蔵された国宝の数は89件で、日本一の数を誇る。本展は会期中の展示替えを挟みながら、この国宝をすべて公開するもの。
展覧会は二部構成で、第1部「東京国立博物館の国宝」で89件の国宝をすべて公開。第2部「東京国立博物館の150年」では明治から現在にいたる同館の歩みを追体験する。なお、国宝は作品保護の観点から展示可能な期間が限られており、本展は数年前から、各作品の展示期間を調整して準備してきたという。本展会期中の各国宝展示期間は細かく分かれているので、詳細はウェブサイトを参照してほしい。
第1部「東京国立博物館の国宝」では、「絵画」「書跡」「東洋絵画」「東洋書跡」「法隆寺献納宝物」「考古」「漆工」「刀剣」の8分野に分けて国宝を紹介する。
「絵画」では、日本の羅漢図の現存最古にして最高傑作とされる色彩鮮やかな《十六羅漢像》(11世紀、平安時代)や、中国の水墨画家・牧谿の影響を受けながらも日本ならではの湿気を帯びた松林を描いた長谷川等伯筆の《松林図屏風》(16世紀、桃山時代)が並ぶ。
また、11月1日からは狩野永徳の《檜図屏風》(1590、安土桃山時代)、11月15日からは平安時代の《地獄草紙》《餓鬼草紙》や、岩佐又兵衛筆の《洛中洛外図屏風(舟木本)》(17世紀、江戸時代)など、誰もが歴史や美術の教科書などで一度は目にしたことがある絵画に展示替えされる予定だ。
「書跡」では、15種の文様が雲母摺りされ見た目にも華やかな平安時代の『古今和歌集(元永本)』(平安時代、12世紀)や、藍と紫の飛雲を漉き込んだ和紙が美しい『和歌体十種、和歌体十種断簡』(11世紀、平安時代)などに注目したい。
「東洋絵画」では、二図によって時間の経過を表現しながら、やわらかなグラデーションで花弁の質感を表現した南宋の画家・李迪の《紅白芙蓉図》(1197、中国・南宋時代)が華やかだ。
また、東洋絵画としては11月15日から李氏の《瀟湘臥遊図巻》が展示される予定だ。宋時代の水墨山水画のなかでも最高傑作のひとつとされるもので、かつては乾隆帝の四名巻コレクションにも数えられた逸品。清朝崩壊の混乱期に来日、書画収蔵家の菊池惺堂が所蔵しており、関東大震災の折には惺堂が煙の中から救い出したという逸話も持つ。
「東洋書跡」としては、平安時代の『書経』の研究をうかがわせる訓読書きが見られる《古文尚書巻第六》(7世紀、唐時代)などを展示。また11月15日からは古琴の楽譜としては現存最古である《碣石調幽蘭第五》(7〜8世紀、唐時代)が展示される。
「法隆寺献納宝物」は、1878年に法隆寺から当時の皇室に収められた収蔵品を指す。秦致貞筆《聖徳太子絵伝》(1069、平安時代)はもともと法隆寺東院伽藍の絵殿内部にはめられていた障子絵で、11世紀のやまと絵障壁画の作例として貴重なものとなる。
また竹厨子(8世紀、奈良時代)や木画経箱(奈良時代、8世紀)、七弦琴(724、中国・唐時代)など、往時の工芸技術を知ることができる貴重な品々も並ぶ。
「考古」では古墳時代や奈良時代を中心とした出土品の国宝を紹介する。《埴輪 挂甲の武人》(6世紀、古墳時代)は群馬県太田市で出土したもので、高い知名度を誇る埴輪の傑作だ。当時の武装の様子が表現されており、身分の高い人物がモデルとなっていることが推測されるという。
ほかにも東大寺山古墳で出土した《金象嵌銘花形飾環頭大刀》(刀身は2世紀、中国・後漢時代、柄頭は4世紀、古墳時代)は著名で、国内出土の象嵌銘文太刀としてはもっとも古い事例だ。
「漆工」で展示されている本阿弥光悦作《舟橋蒔絵硯箱》(17世紀、江戸時代)は、蓋が盛り上がった愛らしい形状を持つ珍しい形状の硯箱。『後撰和歌集』の源等の歌に題材をとり、金地に波を描き、蒔絵で四艘の舟を表現した傑作だ。
第1部の最後となる「刀剣」は、本展でもとくに注力されている。同館収蔵の国宝刀剣19件すべてが同一の展示空間に集結しており、展示替えなしの全会期通しで展示される。
天下五剣に数えられる三条宗近の《太刀 銘 三条(名物 三日月宗近)》(10〜12世紀、平安時代)や伯耆安綱の《太刀 銘 安綱(名物 童子切安綱)》(10〜12世紀、平安時代)のほか、長船長光による《太刀 銘 長光》(13世紀、鎌倉時代)や福岡一文字吉房《太刀 銘 吉房(岡田切)》(13世紀、鎌倉時代)といった鎌倉時代の名刀までが並ぶ。いずれも計算された照明によって、地鉄や刃文をじっくりと観察できる。
第2部「東京国立博物館の150年」では、日本の博物館の歴史そのものともいえる東博の歴史を「博物館の誕生」「皇室と博物館」「新たな博物館へ」の3章にわけて、重要文化財をはじめとする珠玉のコレクションを紹介する。
第1章「博物館の誕生」では、東博設立の契機となった1872年の湯島聖堂博覧会から、1885年に上野の現在の地に移って活動を本格化させた時期に収蔵した作品を展示する。
輸出工芸品で名を知られる鈴木長吉の代表作《鷲置物》(1892)や、浮世絵の価値を改めて明治の世に問うた菱川師宣《見返り美人図》(17世紀、江戸時代)などがこの章で展示されている。
第2章「皇室と博物館」では、1886年に博物館が宮内庁の管轄となり「帝国博物館」「東京帝室博物館」と解消されていく戦前期の収蔵品を紹介。
なかでも目を引くのは、天皇が座乗する乗り物である「鳳輦」(19世紀、江戸時代)の展示だ。この「鳳輦」は明治初年に明治天皇が京都から東京に行幸する際に実際に使われたもので、日本近代史の1ページを担ったものといえる。
また、帝室博物館時代に資料展示されていたというキリンの剥製も目を引く。これは、1907年に初めて生きたまま日本にやってきたキリンで、上野動物園で人々の人気を集めた。現在は国立科学博物館が所蔵しているこの剥製が、約100年ぶりの里帰りとなった。
さらに実業家・松方幸次郎が収集した松方コレクションの浮世絵版画を収蔵したのもこの時期となる。国立西洋美術館に収蔵されている西洋美術の印象が強い松方コレクションだが、浮世絵版画は東博に収められている。本展では東洲斎写楽筆《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》(1794、江戸時代)といった浮世絵の傑作を見ることができる。
そして第3章「新たな博物館へ」では、1947年に東京国立博物館となり、多くの人が知るコレクションの形成に尽力した同館の、戦後から現在にいたるまでの歴史を紹介する。
この章では《遮光器土偶》(前1000〜400年、縄文時代)や尾形光琳の《風神雷神図屛風》(18世紀、江戸時代)などが並んでおり、11月15日からは展示替えで酒井抱一の《夏秋草図屏風》などを見ることができる。
また、今年2月に新収蔵され、初公開される《金剛力士立像》(12世紀、平安時代)にも注目したい。かつて滋賀・蓮台寺の仁王門に安置されていたものの、1934年の室戸台風で倒壊、大破。その後、京都国立博物館で保管されていたが、近年美術院が修理し、東博への収蔵に至ったものだ。本展で紹介される潤沢なコレクションも、かつてはこのように収蔵され、研究されてきた蓄積の結果だということを感じさせる。
国宝として後世に末永く受け継がれていくべき美術史に残る傑作の数々。博物館の持つ意義を考えながらも、その威容を楽しみたい展覧会だ。
なお、11月16日までは、平成館の企画展示室で「創立150年記念特集 つたえる、つなぐ―博物館広報のあゆみ―」も開催されている。同館がこれまで制作してきた広報用制作物から、創立当時の博覧会で使用された観覧券や過去の展覧会のポスター、案内パンフレットなどを展示しており、こちらもあわせて観覧してみてはいかがだろうか。
※会期延長期間(12月13日〜18日)のチケットに関する情報は展覧会公式サイトをご確認ください。