日本では32年ぶりとなるガブリエル・シャネル(1883〜1971)の回顧展「ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode」が、東京・丸の内の三菱一号館美術館で9月25日まで開催されている。本展の見どころをレポートでお伝えしたい。
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ファッションの歴史において、もっとも影響力の大きいデザイナーとして知られるシャネル。1920年代から70年代初頭にかけて、シャネルがファッションの世界にもたらした功績をたどる回顧展が本展となる。なお、本展はガリエラ宮パリ市立モード美術館で開催された「Gabrielle Chanel. Manifeste de mode」展を日本向けに再構成した国際巡回展だ。
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シャネルはそのキャリアの初期から、型にはまった女性らしさを表現するファッションとは正反対の立場をとっていた。飾り気のないシンプルな形態、動きを妨げないゆとりと、女性の身体を尊重したシルエットは、その後の彼女のデザインに受け継がれていく思想となる。
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展覧会冒頭では、20年代に制作された絹のジャージーやクレープといったやわらかな生地によるドレスやジャケット、ブラウスを紹介。素材から身体の動きやすさを重視するシャネルの思想を伺うことができるだろう。
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また、シャネルは男性のドレスコードから着想した活動的な女性を彩るツーピースのスーツも考案した。加えて、質感を重視した単色の生地も、シャネルのドレスを語るうえでは欠かせない素材となっている。装飾性よりシルエットやボディラインの演出を重視したこれらの洋服は、新たな時代の女性たちに支持された。
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20年代のシャネルの仕事を語るうえで外せないのが、シャネル N°5だ。成分を複雑に調合してつくりあげたこの香水は、その容器やパッケージのデザインも斬新だった。会場では、装飾的なデザインが主流だった当時においては革新的な、直線的でシンプルな瓶や、ミニマルなデザインのパッケージに注目したい。
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30年代になると、シャネルのドレスはそのシルエットをさらに洗練させ、奇抜さや過剰な装飾性に対抗していく。フリルやドレープを最小限に押さえながらも、生地の表面にパールやフリンジを使用して光沢をあたえ、ゆとりをもたせながらもエレガンスを失わないドレスをつくりあげた。
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第二次世界大戦が終結し、ヨーロッパ諸国が再び落ち着きを取り戻した1954年。沈黙していたシャネルは再びクチュール・ハウスを始動する。そして1956年に、いまもブランドのアイコンのひとつであるシャネルのスーツを誕生させることとなる。
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会場で展示されている、柔らかく軽いジャケットやウエストの締めつけがないスカートは、活動する女性たちの衣服として、いまも変わらず受け継がれているファッションの大きな潮流となった。
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展示されている50年代のスーツはいずれもアイコニックなものばかりだが、当時のメゾンの技術が光る立体的で美しい発色のツイード生地や、ジャケットに豊かな表情を与えるポケットの造形などにも着目したい。実用のなかにラグジュアリーを宿らせる、シャネルの妙味を存分に感じることができるはずだ。
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また、会場ではコスチューム・ジュエリーの展示も見逃せない。
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シャネルはかねてより、上流階級の女性たちが社会的な目印として高価な宝石や真珠を身につけることに疑問を呈していたという。宝飾としての価値よりも、職人による加工の技術が生み出す巧みな造形や、シンプルな洋服を引き立てるジュエリーの役割を重視し、多彩なコスチューム・ジュエリーを世に送り出したのもその思想の現れだ。作家、ポール・モランが書き留めた次のシャネルの言葉は、彼女のジュエリーに対する考えのみならず、服飾をいかに位置づけていたのかを知る良い資料となるのではないだろうか。
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「私は好んで宝石をいっぱい着けている。私が着けるとどれも偽物みたいに見えるから。宝石で人の目をくらませようとする熱意には虫唾が走る。宝石は嫉妬心をかきたてるものではなく、せいぜい驚かせるためのもの。装飾や娯楽として残すべきものよ」(「ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode」図録、p168より。ポール・モラン『シャネル──人生を語る』[山田登世子訳、中公文庫、2007]を参考にしつつ訳出したもの)。
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ガブリエル・シャネルの最後のコレクションとなった1971年春夏コレクション。ここにいたるまで、シャネルは自身のクリエイションを現代化することを止めなかった。宝石類やシークインで飾るのではなく、レース、ヴェルベット、ナイロンまで、様々な素材を意欲的に使って華やかさを演出する黒一色のドレスなどはその典型だろう。
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激動の時代を生きながらも、一貫してその思想を服飾に投影し続けたガブリエル・シャネル。その類まれな創作が、今日の街中に溢れるファッションの源流のひとつとなっていることを、確かに感じられる展覧会といえるだろう。
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