2016年より『週刊少年ジャンプ』で連載され、昨年完結したマンガ『約束のネバーランド』。その原作担当と作画担当である白井カイウと出水ぽすかがシャネルと協業し、創業者のガブリエル・シャネルと、シャネルというブランドの哲学をメッセージとして表現した短編3章からなるマンガ単行本『miroirs』が出版された。
さらに東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールでは、この『miroirs』の出版と合わせて白井・出水のふたりとシャネルのコラボレーション展覧会「MIROIRS – Manga meets CHANEL」を6月6日まで開催している。
今回の協業においてふたりはどのような取り組みを行ったのか、そしてふたりにとってマンガ制作とはなにか、話を聞いた。
──まず、「MIROIRS – Manga meets CHANEL」の展覧会を見て、おふたりはどのような感想を持たれましたか。
白井 見どころは色々とあるのですが、まずはエントランスの鏡張りが作品のコンセプトと合っていて素晴らしかったですね。また、マンガのそれぞれの章をテーマにした3つの展示室の入口にある壁に飾られた無数の額縁が、創業者のガブリエル・シャネルのアパルトマンの雰囲気をよく表現していて感動しました。
また、マンガのコマを大きなサイズで引き伸ばした展示や、ガブリエルの人がらを伝える資料が見られるのも素晴らしく、シャネルの世界観を知るうえでも素敵な展示になっていて心躍りました。
出水 展示を設置する前のホールを見ているので、シャネル・ネクサス・ホールにこうして異世界のような空間が現れたのはすごいと思いました。とくに感動したのが、普段はモニターで見ている私の絵が、鮮やかな発色でプリントされているところです。展示照明も凝っていて素晴らしいです。
──出水さんの絵を壁面いっぱいに大きく引き伸ばして展示するということは、あまりないシチュエーションですよね。
出水 はい。それに加えて、普段は人に見せるつもりで描いていない鉛筆による下書きも大きく展示されています。鉛筆の線の粗さが引き伸ばされるとすごく良くて、ザラッとした質感が壁面にマッチしていてとてもいいですね。
──展示にも反映されていますが、今回のマンガ作品を日本を舞台とした3部作にしようと考えた理由は何でしょうか。
白井 もともとは5部構成を予定しており、フランスを現地取材で訪れ、ガブリエルのアパルトマンなどを実地で見て、そこで生まれたインスピレーションをかたちにする予定だったんです。しかし、新型コロナウイルスの影響によって現地取材ができなくなってしまいました。そこで、想像上のフランスを舞台として描くより、いま私たちがいる日本を舞台として、現代日本の人々のなかにも、ガブリエルの精神につながるものが息づいている様を描くことにしました。
──白黒で構成されながらも、一部のコマにカラーが差し込まれるという独特の演出が特徴的なマンガでした。
出水 白黒のコマをベースに、バランスを考えながらカラーを入れるというのはなかなか難しい挑戦でした。結果的に、大変勉強になりましたね。
白井 そもそも私がやりたいと言い出したことなので、出水先生には苦労をかけましたね(笑)。日本の「マンガ」はたいてい白黒印刷なので、色をこういったかたちで演出に使えたのは楽しかったです。
──おふたりが影響を受けた作品と、今回のマンガを制作するにあたって参考にしたものを教えてください。
白井 私は鳥山明先生の『DRAGON BALL』や尾田栄一郎先生の『ONE PIECE』、浦沢直樹先生の作品などで育ってきましたので、少年マンガや青年マンガに強い影響を受けてきました。
今回の『miroirs』の原作づくりでは、写真集からのインスピレーションを受けることが多かったです。もともとロベール・ドアノーの写真集は好きで持っていたのですが、ドアノーはガブリエルの写真も撮っていましたし、当時のパリの空気感の参考にできました。また、ファッション・フォトグラファーのティム・ウォーカーの作品集や、イタリアの『ヴォーグ』の編集長としてファッション界に大きな影響を与えたフランカ・ソッツァーニのドキュメンタリー映画『フランカ・ソッツァーニ: 伝説のVOGUE編集長』も、物語づくりに影響を与えてくれた作品です。
出水 私の原点はディズニー、ピクサー、ドリームワークスといった児童向けのアニメーションや絵本などで、私はマンガ家としてのデビュー作も児童向けマンガ雑誌での連載です。だから『週刊少年ジャンプ』で連載を始めるときには、同時期に連載している『ジャンプ』の作品を参考に、自分の作風をつくっていきました。
今回の単行本に関しては、祖母の家にあった昔の少女漫画の表現を取り入れています。線画とベタ塗りで印象を決め、ベタを強めにして画面を構成することで、雰囲気のある絵を目指しました。
──白井さんは、どのように物語づくりに取り組んでいるのでしょうか?
白井 私の作品は伏線をたくさん張る傾向にあるのですが、それはコントユニットのラーメンズに影響を受けて確立されました。伏線を巧妙に張って最後にどんでん返しをする物語づくりを、新人時代に特訓しましたね。
今回は読み切りなので、連載とは伏線の張りかたが違います。連載のときは、途中で読者が伏線に気づいてしまったら、その線を捨てるということもしますが、今回はその心配はなく組み立てることができました。
連載中は自分の意図どおりに物語が通じているのかを確認するために、SNSで感想を検索することもあります。年齢や性別といった層によって、見ているものが違ったりするんですね。また、SNSに書かれる現代人ならではの悩みは普遍的なものがありますし、キャラクターによってはそれを落とし込むことで、物語を推進させる役割を与えられることもあります。
出水 白井先生はすごいですよ。『ジャンプ』の各マンガ家さんの巻末コメントも憶えていて、その先生に会ったときはそれをネタに話をしてみたり。そういうところから、人間を観察しているんじゃないかと思っています。私がSNSで何気なくつぶやいた、私も忘れているようなことも憶えていたりしますよね(笑)。とにかく、リサーチ力と記憶力がすごいです。
──出水さんは白井さんがつくりあげたキャラクターをどのように絵として落とし込んでいるのでしょう。
出水 私は白井先生のネームを見ると、自分と共通する部分が必ずあると思うことが多いんです。感情を込めながらキャラクターを描くとき、自分の感情も少しづつ入っていくんだと思います。
白井 出水先生は観察力がすごいんですよね。いつも私がラフを描いてネームで渡し、それを出水先生が絵にしていくのですが、今回でいえば、公園にいる子供たちや電車のなかの人などをしっかり観察してデザインに落とし込み、生きたキャラクターとしてネームを具現化してくれます。
出水 今回の仕事では、とくに街の人たちの洋服などに注目しました。シャネルの服を参考にしつつ、キャラクターの生活に合った量販店にあるような服をつくっていったんです。
白井 ある意味、実世界でもシャネルのようなハイブランドが大きな流れをつくり、その影響を量販ブランドが受けているわけで、そういった影響関係が図らずも作中世界において見ることができるかと思います。
──3章は男性を主役に据えており、男性が自身のコンプレックスを装うことで乗り越える様が描かれていて印象的でした。
白井 様々な顔を持つガブリエル・シャネルといった人物をどういった側面から切り取るかを考えたとき、「反骨」というキーワードは絶対に入れたいと思いました。彼女は「世界を変える」という意思を持って、本当に変えてしまったわけです。ある種のコンプレックスを克服して世界を変えていく。それは女性だけではなく、男性にも共通すると思いました。
今回は、女性を読者層として見据えましたし、ガブリエルもまずは女性のためにシャネルというブランドを育てたわけですが、私はこのマンガを男性、男性でも女性でもない人、あるいはどちらの性でもある人など、多様な人に読んでほしかったこともあり、3章は男性を主役に据えました。
──今回のシャネルとのコラボレーションという経験から、どのようなことをおふたりは得たでしょうか。
白井 今回の企画では「白井カイウ」の色をどう使うか、ということに向き合えたと思います。この企画は、本当はシャネルというブランドと、出水先生の絵があれば成り立つようにも思え、自分の得意分野で戦える企画ではないとも思いましたし、そこに私の表現をどう入れるかを考えました。自分のネームの良いところを問い直す良い機会にもなりました。ガブリエルの精神に元気をもらいながら、自分の強みも高めていくことができたと思います。
出水 私は技術的な面が多いのですが、なんといってもカラーを白黒ページのなかに差し込むという演出は勉強になり、新しい技術を獲得できました。デザイナーさんや印刷会社とも関わるなかで、クリエイティブの結果生まれる、「モノ」としての本の魅力を再確認できたこともよかったです。
──改めておふたりに、マンガをつくることの魅力をお聞きできればと思います。とくに出水さんはイラストのお仕事も多く手がけられていますが、イラストとマンガの差異といった点も教えていただけると嬉しいです。
出水 私は幼いころからマンガがとても身近だったので、「絵を描く仕事といえばマンガ家」という意識がありました。ただ、プロになってみるとイラストの方が評判が良かったのですが、こうして自分の原点としてのマンガに、白井先生とコンビを組みながら取り組めているのは本当に良かったです。
マンガの素晴らしさは、とにかくたくさん絵が描けるところ。これに尽きると思います。イラストは1枚の絵にずっと向き合わなければいけませんが、マンガは向き合っている時間がないので、どんどん進めなければいけない。振り返っている暇がないのがいいなと思います。絵というのは意外とそんなに振り返らなくてもいいものなのかもしれません。ひとコマに労力をかけても、読者がそれに見合うだけそのコマを見てくれているわけではないので。私も線を走らせて、筆跡を残しながら描くことが、マンガという媒体の疾走感と併せて好きなんです。
白井 マンガは時間をどれだけかけて描いても、読者は5分で読んだりしますから。その短い時間で、読者に何を拾ってもらえるのかが勝負ですよね。資料としてシャネルのアトリエの様子を映画で見たのですが、マンガの制作現場にすごく似ている。発表までに時間がなくてバタバタしているところとか、デザインの完成をアトリエで待つところとか。あの緊迫感は『ジャンプ』的ではありますね。そういったところも日本のマンガのおもしろいところであり、魅力だと思います。
──最後に「展覧会のここを見てほしい」というところを、おふたりから聞ければと思います。
白井 ガブリエルの言葉は本当にかっこよくて、マンガの主人公みたいなんです。私は言葉を商売にしていますし、自負をもって出していますが、今回はそのかっこよさに刺激をもらいました。展覧会は、ガブリエルの言葉を上手く抽出しながら、私たちの表現したかったことをかたちにしてくださったので、そこを見てもらえればと思います。
出水 壁面に展示してあるマンガの下書きも、展示のテーマに合わせた様々な演出がされていて、思いもよらない発見ができると思います。完成した作品とのリンクを楽しんでもらえれば嬉しいです。