2021.2.28

ミッドセンチュリーの名建築がホテルに変身。「TWAホテル」を詳細レポート

ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に隣接している旧「TWAフライトセンター」が、2019年5月「TWAホテル」として生まれ変わりオープンした。その見どころを現地からお届けする。

文=國上直子

TWAホテル外観 (C) TWA Hotel/David Mitchell
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 ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港のターミナル5には、1962年から2001年までTWA(トランス・ワールド航空)のターミナルとして利用されていた「TWAフライトセンター」が隣接する。建築家エーロ・サーリネンによってデザインされたこの建物はミッドセンチュリー建築の代表例として知られているが、2001年にTWAが廃業して以降閉鎖されていた。

 1994年にはニューヨーク市のランドマーク、2005年には国の歴史登録財に指定され、保護されていたが、この建物を宿泊施設として蘇らせる公民共同のプロジェクトが発足。1962年当時の建物の魅力を完全再現するための念入りな修復作業と、宿泊棟の追加が行われ、2019年5月「TWAホテル」が誕生した。

TWAホテル建物内部。床や壁面を覆う「ペニータイル」はすべてオリジナルのもの (C) TWA Hotel/David Mitchell

 TWAホテルは、旅することがきらびやかだった航空業界の黄金時代「ジェット・エイジ」と、ミッドセンチュリーモダンのデザインを堪能してもらうことをコンセプトとしている。その見所を、旧ターミナル部分を中心に、ゲストサービス部長のクリス・ベッツ氏に紹介してもらった。

 TWAフライトセンターをデザインしたエーロ・サーリネンは、フィンランド出身で建築家・デザイナーとして活躍した。セントルイスのゲートウェイ・アーチ、イェール大学のホッケーリンク「ザ・ウェール」、CBS本社ビル、リンカーンセンターのビビアン・ボーモント・シアターなどの有名建築物のほか、家具のデザインなども多く手掛けた。サーリネンは、デザインに曲線を多用することで知られ、TWAフライトセンターには、彼のデザインの魅力が凝縮されている。

TWAホテル建物内部。至るところが曲線で構成されている (C)TWA Hotel/David Mitchell

旅をテーマにしたこだわり

サンクンラウンジ。外にある旅客機は通称「コニー」と呼ばれたタイプのもの。ルフトハンザ航空が所有していたTWAの中古機を、ホテル開業に際し譲り受けた。内部はカクテルラウンジに改造されている。(コロナの影響で現在は休業中) (C) TWA Hotel/David Mitchell

 正面を入ってすぐのインフォメーションカウンターと、以前送迎エリアとして利用されていた中央の「サンクンラウンジ」には、ソラリボードが設置されている。現在、世界にひとつしか残っていない、イタリアにあるソラリボードの製造会社に特注したもので、発着情報はすべて架空の内容だが、62年当時の空港の雰囲気を楽しんでもらうための仕掛けだという。フロントデスクは空港のチェックインカウンターを模しており、こちらにも旅行気分の演出へのこだわりがある。

フロントデスク

「ジェット・エイジ」の繁栄と衰退

TWA歴代のユニフォームが並ぶ。ピエール・バルマンやヴァレンティノ・ガラヴァーニが手掛けたデザインも見られる (C) TWA Hotel/David Mitchell

 中二階には、1944年から2001年まで、TWAの客室乗務員が着用した歴代のユニフォームが展示されている。 1978年以前の航空業界は、政府により航空運賃が定められ価格競争が実質不可能だったため、航空各社はサービス内容の競争によって顧客獲得に努めた。その一環で、TWAは注目の若手デザイナーを起用し、数年毎にユニフォームをリニューアルした。60年代に入るとスカート丈が徐々に短くなり、なかには裾のボタンを外し、ホットパンツを見せることが可能な大胆なデザインもあった。

 「こうしたサービス競争を経て、TWA、パンナム、イースタンが絶大な人気を誇っていましたが、残念ながらこれらの航空会社はすべてなくなってしまいました」とベッツ氏は語る。1978年から2001年までのユニフォームデザインを担当したのはラルフ・ローレン。デザインはそれ以前とは一転し、保守的なプロフェッショナルな雰囲気のものへと変わっていった。

 展示されているユニフォームはすべて、TWAの元従業員たちが組織したグループ「シルバー・ウィング」から寄贈されたもの。小さい展示ながらも、TWAの歴史や「ジェット・エイジ」の繁栄と衰退を窺うことができる貴重な内容となっている。

ハワード・ヒューズのオフィスをイメージしたコーナーには、TWAの社長を勤めたジャック・フライの机が展示されている。TWAのパイロットだった人の家族が所有していたもので、ホテルに寄贈してくれたという
中二階にはTWAを好んで利用したヨハネ・パウロ2世専用につくられたブースがある。いまは誰でも利用できる (C) TWA Hotel/David Mitchell

建物が人々に与える影響

赤い絨毯が敷き詰められた洞窟のような通路は宿泊棟とターミナルにつながっている。映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の1シーンに登場する (C) Christopher Payne/Esto

 「サンクンラウンジ」の両サイドには、緩やかなアーチ状の通路が伸び、宿泊棟とジェットブルーのターミナルに連結している。当時はゲートエリアにつながっていた通路で「どこへ辿り着くのかわからない洞窟のような形をしており、当時はこれから始まる旅への期待感を後押しした。その感覚を少しでも味わってもらいたい」とベッツ氏はいう。

 サーリネンのデザイン・スタジオを再現したコーナーでは、「TWAフライトセンター」関連の資料が展示されている。そこにあるデザインスケッチや写真を見ると、現在の「TWAホテル」がいかに高い精度で当時を再現しているかが分かる。ベッツ氏は「目指すべきスタイルがとても明確だったことと、最近のミッドセンチュリーモダンブームも手伝って、内装の再現自体にはあまり苦労はなかった」という。

館内に備え付けのテーブルや椅子にはサーリネンがデザインしたものも多い

 このコーナーには「建築とは雨風を凌ぐためだけにあるのではなく、人間がこの地球上に気高く存在することを実現するためのものでもある」というサーリネンの言葉が掲げられている。TWAホテル内を歩いて回っていると、現代の空港のつくりとの大きな差を感じずにはいられず、この言葉が重みを持ってくる。

中二階にあるエリア

 館内にはミッドセンチュリーを彷彿とさせるBGMがかかっているが、屋外のエアトレインからのアプローチでも、その音楽は流れていた。「この建物を見た瞬間からタイムスリップして欲しいという願いから」だと、ベッツ氏はいう。

宿泊棟最上階にある「インフィニティ・プール」からは、JFKのランウェイを一望できる (C) TWA Hotel/David Mitchell

 開業後、話題を集め、宿泊客だけでなくレストランやバーを利用する地元客も増えてきていた矢先、コロナが蔓延し客足が途絶えたという。それでも営業を続け、いまは航空会社との提携で、クルーの安定した利用があるのに加え、ニューヨーク近隣に住む人々がバケーション代わりに滞在するケースが増えてきているという。

512ある客室にもミッドセンチュリーモダンのスタイルは貫かれている。部屋によってはJFKのランウェイを見ることができる (C) TWA Hotel

 ジョン・F・ケネディ国際空港の再建プロジェクトの目玉でもあった「TWAホテル」の開業は、着工から2年半というスピードで実現したが、建物の隅々までTWAとミッドセンチュリーというテーマへのこだわりが貫かれており、妥協は見当たらない。テーマパークや博物館のような要素も兼ね備え、人々が抱いた建物やTWAへの愛着もそこかしこに感じることができる、「唯一無二のホテル」という印象が強く残った。