「Squiggle(スクイグル)」が示すもの
元町・中華街駅から徒歩圏内の山下ふ頭。横浜港を臨むこの場所で、今年から始まった新たなアートフェスティバル「Art Squiggle Yokohama 2024(アートスクイグルヨコハマ 2024)」が開催されている。
本イベントの主催はアートスクイグル実行委員会(株式会社マイナビ、株式会社博報堂DYメディアパートナーズ、株式会社MAGUS)。若手アーティストを中心とした作品展示と、その制作プロセスにおける試行錯誤を紐解く展示空間を通じて、来場者がアートを身近に感じられる新しいアートフェスティバルだ。
タイトルにも使われている「Squiggle(スクイグル)」は、「まがりくねった ・不規則な・曲線」という意味を持つ言葉。アーティストが創作活動中に経験する迷いや試行錯誤のプロセスを象徴するとともに、来場者もまた迷路のように構成された空間を好きな順番でたどりながら、アート鑑賞を楽しむことができる、という意味が込められている。
本展の参加作家は宇留野圭、川谷光平、河野未彩、GROUP、小林健太、酒井建治(*)、土屋未久(*)、中島佑太、沼田侑香、藤倉麻子、光岡幸一、村田啓(*)、MOBIUM、山田愛、楊博(*)、横山麻衣(*)。うち8組が新作を交えた展示となっている(*は「マイナビアートコレクション」として展示)。
高さ6メートルを超える特徴的な会場は、空間デザイナー・西尾健史が空間設計を、山口萌子がグラフィックと什器デザインを担った。展示スペースは西尾と作家たちがディスカッションを重ねてつくられたもので、各作家ごとに与えられた大きなスペースが特徴だ。
注目の作家たち
16作家のなかから、とくに注目したい作家を見ていこう。
部屋などをモチーフに機械の構造を用いた立体作品で近年注目を集める宇留野圭。本展では、2021年から24年までの作品の変遷を見ることができる。とくに存在感を放つ《17の部屋 - 耳鳴り》(2021)は、その名の通り17の部屋が複雑に組み合わせられたもの、パイプオルガンの構造が用いられており、空気が通り抜けることで見えないつながりが音として表出する。プライベート空間と社会との関係性を表現する宇留野の代表的な作品のひとつだ。
写真を独学で学び、2019年のJapan Photo Awardでシャーロット・コットン賞を受賞し、21年には日本人で初めてKassel Dummy Award2020で最優秀賞を受書した川谷光平。Japan Photo Awardの協力を得て実現した本展では、新作のほか、これまでのパーソナルワークやクライアントワークから選ばれたアザーカット資料写真などが渾然一体と展示されている。それは、撮影から編集、展示に至る写真をつくる一連の流れの可視化とも言えるものだ。
アイロンビーズを用いたピクセル画のような平面作品で独自の表現を展開する沼田侑香。ここでは、沼田にとってデジタル世界の原点とも言える「Windows XP」をモチーフとした《Surfing the Net to the Moon》(2024)を見せる。これまでやってきたことをすべて詰め込んだという本作には、懐かしさを感じさせるイルカのキャラクター「カイル君」や、沼田が初めてデジタルで絵を描いたお絵描きソフトの線、エラーを意味する幾重にも重なったイメージなどが詰め込まれている。手作業によって膨大な時間をかけて制作された作品は、ますますスピードを上げるデジタル社会からいったん離れ、実世界の時間を実感させる。
都市のインフラやそれに付属する風景に注目し 、3DCGアニメーションによって作品を生み出す藤倉麻子。《群生地放送》(2018)は、インフラや工業製品などが自律的な動きを繰り返す様子を描いたものだ。また《朝の楽しみ方》(2020)でも、自律性を持つ都市の風景が描かれている。
イメージをブラシツールによって加工し、グラフィカルな筆跡を生み出すことで注目を集めてきた小林健太は今回、展示会場を自身のスタジオのように構築した。そこには、初期から続けられているカラー作品のシリーズ「#smudge」をはじめ、鏡を支持体にしたモノクロ作品、Photoshopのブラシツールで描いたストロークの形に切り抜いたアクリル作品など多様なイメージが並ぶ。また、天井から吊った構造体に光を当て、壁面に新たな図像を生み出す試作品にも注目だ。
京都で約300年続く石材店に生まれ育った山田愛。本展の中心に設けられた直径5メートルの円筒の中に、無数の石が並ぶインスタレーション《流転する世界で》は、2022年から続けられている「円相」シリーズの新作だ。もともと円相は禅の書画を指すが、山田はこれを無数の石が連なり凝縮したひとつの世界として表現。一つひとつ磨かれ、山田によって据えられた石が生み出す空間で思索に耽るのもいいだろう。
視覚デザイナーでグラフィックアーティストとしても活躍する河野未彩は、多色の影をつくる照明「RGB_Light」で知られる。今回見せる《HUE MOMENTS》(2024)は、「光の三原色」の原理を再解釈したインスタレーション。幅10メートルを超える空間の中に置かれた巨大な構造体にRGBの光源をミックスさせた光を3方向から当てることで、刻一刻と変化する影や色面が生まれる。色相が移り変わる周期はそれぞれの光源で異なり、会期中一度も同じ色が現れることはないという。色の多様性をあたらめて認識させるとともに、この瞬間にしか存在しない色を目撃するという体験が提供されている。
建築コレクティブ・GROUPがフォーカスしたのは16世紀後半に日本に渡来したサボテンだ。《港 / Manicured Cactuses》(2024)は、サボテンをテーブルや棚の一部として採用し、新しい家具の構造物としてサボテンを提案するもの。リサーチャー・原ちけい、音楽家・土井樹、植物に関する専門家・越路ガーデン(西尾耀輔)を迎え、建築の知見だけではなく多角的にサボテンを見つめ直すことで、人間とサボテンによる新たな共存の可能性が風景として展示されている。
なおそれぞれの展示場所には、各作家の制作ノートや影響を受けた書籍などが展示されており、その制作背景を知ることができるのも嬉しい。
また会場中心には、「スクイグル」をテーマに選ばれた書籍100冊が並ぶライブラリー&ラウンジがあり、自由に本を手に取り考えを巡らせたり、誰かと対話することが可能だ。作品を見たあとの出口として機能する。
首都圏において、これだけ大規模な会場で、若手作家たちのダイナミックな展示を見る機会はそう多くない。それぞれの「スクイグル」の成果をぜひ目撃してほしい。なお本イベントは来年の開催も見据えており、さらなるアップデートが期待される。