本展タイトルにある「根の力」とは、民芸館が開館してから初めて行った展覧会の図録に、濱田庄司が綴ったテキストから引用した言葉である。
一番大切なことは形を成す以前の眼に見えない根の力にあるのであって、換言すれば伝統は何時でもどこでも、私たちの足元を掘って得られる地下水であり、これは地上の呼び水ではなく、地底からの湧き水であります。古くてしかもつねに新しい命に溢れております。
高度経済成長を背景に開催された大阪万博では、あらゆるかたちで「未来」への期待が表されていた。いっぽうで、濱田の視線は足元の「根の力」へと注がれていたのである。本企画をディレクションした服部滋樹(graf)は、このテキストを受けて、民芸を「過去・現在・未来」と読みときながら、プログラムを組み立てていったと話す。
「根の力」はオンライン配信の「PHASE1・2」と、展覧会「PHASE3」の三部で構成された。「PHASE1」では企画者たちがの意図を語り、「PHASE2」では、民芸運動の中心人物であった濱田庄司や河井寬次郎の孫・ひ孫らが集まり、現代の視点で民芸を語った。それらの成果をまとめ、企画のメインを成したのが「PHASE3」の展覧会である。
第一展示室
第一展示室には、4組の現代美術家の作品が主に展示された。「工芸的なアプローチであったり、ものづくりの姿勢や思想が『民芸』につながっているように感じられる美術作家にお声がけしました」と、共同キュレーターの金島隆弘。京都市立芸術大学で漆を学んだ矢野洋輔、染谷聡、石塚源太に加えて、『アウト・オブ・民藝』の著者である軸原ヨウスケ+中村裕太が出展した。
矢野は「自分自身が表現したいかたち」と、「木の素材そのものが表現しているかたち」の関係性を意識しながら、木彫の作品を制作している。今回は大作《蟹のマガジンラック》や、『とり』シリーズを出展。「『とり』は、置物のような存在感を意識してつくっており、民芸的な雰囲気を持っている作品だと思います」(矢野)。
染谷は、漆芸における蒔絵や螺鈿など「加飾」をテーマに、その精神文化、美意識を作品化している。本展では蒐集された石や小枝が、漆で制作された容器とともに、覗き台のなかに展示された。「漆というものは、ほかのものが土に還った後も残る、非常に長い時間を生きていく素材。素材がもっている『時間』を飾る器として、漆で容器を作り、他の素材と重ね合わせました」(染谷)。
石塚は巨大な立体作品や、平面作品を展示。「工芸」というイメージが強い漆を、「美術」の文脈で表している。「自然光が当たるところに作品を配置することで、漆のもつ独特のテクスチャーや、表面に映り込む景色を見せています」(金島)。
軸原と中村による『アウト・オブ・民藝』は、民芸周縁に着目し、人物やスポットを相関図として表す。今回は関西をテーマに相関図を作成した。「1923年関東大震災の後、多くの文化人たちが関西に避難・移住し、柳宗悦もそのひとりでした。民芸運動の青春期であるこの時代、京都の朝市などで『下手もの』と呼ばれていたものに、眼差しが向けられるようになったのです」(軸原)。
展示パネルには伏せ字で「○○○・○○・民藝」と表記されている。「『アウト・オブ・民藝』が『周縁』ととらえるものや人々、活動は、果たして本当に周縁に位置しているのだろうか」と、民芸館の学芸員・小野絢子が疑問を投げかけたことから、このような表記となった。会場には、それぞれの見解がテキストで展示されている。「伏せ字は決してネガティブなことではなくて、民芸を考えてる対話のきっかけになればいいと思っています」(中村)。
「現代作家の作品と併せて見ることで、民芸を身近に感じて欲しい」と、共同キュレーターの木ノ下智恵子。展示室には、作家がセレクトした民芸館所蔵品も展示されている。作品と選んだものを比べてみるのも面白いだろう。
第二展示室
第二展示室は、書家・華雪と、華道家・片桐功敦が、民芸館の収蔵品とコラボレーションして展示を構成した。
収蔵品に花を生け、写真作品に落とし込んだ片桐。指のような図柄が描かれている河井寛次郎の《呉洲地筒描花手文塗分扁壺》に、仏手柑が生けられているかと思えば、着物の下に着られていた網状の「汗はじき」に、すっとまっすぐ伸びた水仙が生けられていたり、。人工物と自然の植物とがそれぞれの存在感を発揮しながら、重なり合う様子が切り取られていた。
文字の生まれた起源を作品のエッセンスとする華雪は、民芸館の収蔵品から発想して、3つの文字を書き認めた。ひとつが、「新」という文字。漢字のなかに「斧」のかたちが含まれていることから、所蔵品の「木挽鋸」と合わせて展示した。《新──神意によって選ばれた木が新しく切り出される様子》というタイトルも相まって、ストーリーを感じられるインスタレーションとなっていた。
第三展示室
「PHASE2」では、濱田庄司の孫・濱田琢司や、河井寬次郎のひ孫・河井創太が、それぞれの祖父・曽祖父の作品について、周辺にどんな暮らしがあったかを含めて語った。彼らのキュレーションで濱田庄司・河井寛次郎の作品を展示したのが、第三展示室である。河井創太と、バーナード・リーチの孫であるジョン・リーチは陶芸家。その作品も併せて展示された。「民芸のDNAがどのように受け継がれているのか、動画と併せて見てほしい」(服部)。
第四展示室
最後のフロアには、日本各地の「蓑」が展示されている。東北でかつて着られていた防寒着のように見えるが、西日本で作られたもの、祝いの席で着られていたものもあるそうだ。「最後は『根』の力を感じてほしいと、民芸以前から人々の営みのなかでつくられていたものを展示しました」(服部)。
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「民芸」という言葉が立ち上がる以前や、現代のものづくりにもフォーカスを当て、重層的に構成された本展。その思想は、柳宗悦や濱田庄司、河井寛次郎らが不在となった今でも、さまざまに解釈されながらイメージを更新し、ものづくりに影響を与えているということを、実感できる展覧会であった。