2019.12.6

島を舞台にした初の国際展「ヘルシンキ・ビエンナーレ2020」が6月に開催

ムーミンからマリメッコなどのデザイン、そしてサウナまで、日本でも広く親しまれる文化と、豊かな自然を持つフィンランド。その首都ヘルシンキで初となる「ヘルシンキ・ビエンナーレ2020」が、来年6月から3ヶ月間にわたって開催される。ビエンナーレの概要とヘルシンキのアートスポットを紹介する。

    

「ヘルシンキ・ビエンナーレ2020」の会場となるヴァッリサーリ島 © MattiPyykkö
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 現代美術の国際展「ヘルシンキ・ビエンナーレ2020」が、首都ヘルシンキと、ヴァッリサーリ島を舞台に、2020年6月12日から9月27日まで開催される。参加作家は、マーリア・ヴィルッカラ、パヴェウ・アルトハメル、アリシア・クワデ、川俣正、カタリーナ・グロッセ、マリオ・リッツィ、ハンナ・トゥーリッキら35組。タイトルは「世界の海はひとつ(The Same Sea)」。この言葉には、「あらゆる行為と森羅万象はつながっており全体を支えている」という相互依存の考えが込められているという。その背景には、自然に恵まれた風土と環境保全に取り組む同市の姿勢がある。

 

会場はユニークな自然と歴史を持つヴァッリサーリ島

水平線上のヴァリッサーリ島 © MattiPyykkö

 会場となるヴァッリサーリ島は、ヘルシンキの市場近くの港から定期出航している水上バスで15分ほどの海上にあり、全体を3〜4時間程度あれば回ることができるほどの小さな島だ。

 かつてフィンランドがロシア支配下時代にあった1800年代、ロシア軍の要塞や軍事基地として利用された島のひとつで、ロシア建築家が当時手がけた軍の大学校などの歴史遺跡が、いまも手つかずの自然のなかに点在している。また何千種類もの蝶が生息し、その多くが珍しいもの、あるいは絶滅の危機にあるという。

ヴァリッサーリ島に残る建物内観 © MattiPyykkö

 いっぽうで、森と湖の国とも言われ、大小400以上の群島を有するフィンランドは、国土の9.4パーセントを湖が占めており、さらに陸地の約74パーセントが森林で覆われている自然豊かな土地。生活空間が森や海に隣接しているため、環境の変化とその保護への意識、そして具体的な施策が国民生活に広く浸透しているのだ。

 ヴァッリサーリ島が2016年に一般解放されたのを機に、芸術祭を通して、こうした環境保護の方針に基づきながら、歴史的文脈と自然が残る島を活性化していくことが目指されている。

 

サイトスペシフィックな作品が期待される参加作家

ディレクターを務めるマイヤ・タンニネン=マッティラ ©︎ yOU(河崎夕子)

 ディレクターを務めるのは、ヘルシンキ市美術館館長のマイヤ・タンニネン=マッティラ。初のビエンナーレ開催に向けて、「まずは幅広い層の市民、また海外の観客に来場してもらえるよう、多様性のある展示にしたい。またビエンナーレの中心テーマにサスティナビリティ(持続可能性)を据え、会場の現地の自然を崩さないよう、様々な工夫をする予定だ」と語る。

 キュレーターを務めるのは同館のピルッコ・シッタリとタル・タッポラ。作品の8割は、サイトスペシフィックな新作として委託制作される予定であり、各作品のアイデアと設置場所については「自然保護や歴史保存という観点から考慮される」という。また多くの作家が元島民の生活と、軍事史に由来するテーマに取り組んでおり、屋外のほか、歴史的建造物や火薬庫、空き家といった建物の中に、廃墟に新たな意味を持たせるような映像、彫刻、インスタレーション作品が設置される予定だ。

マーリア・ヴィルッカラ © MattiPyykkö

 参加作家は、日本でも「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に継続的に参加しているマーリア・ヴィルッカラや川俣正、またポーランドを代表するパヴェウ・アルトハメルら、場の歴史や社会的背景、地域や環境の課題を丁寧に読み解き、作品として立ち上げる手法をとるアーティストが多い。歴史的背景の色濃いこの島からどんなテーマを引き出し、作品化するのかが見所だ。

パヴェウ・アルトハメル © MattiPyykkö

 また作家の約半数はフィンランドの作家で占められる予定。現在発表されているフィンランドの作家は、BIOSリサーチユニット(2015年創設)、グスタフソン & ハーポヤ(2012年結成)、IC-98(1998年創設)、ラウラ・コノネン(1980年生まれ)、 トーマス・ライティネン(1976年生まれ)、ヤーッコ・ニエメラ(1959年生まれ)、マルヤ・カネルヴォ(1958年生まれ)ら。なかでも、BIOSリサーチユニットがアーティストとして参加するのは、本展の大きな特徴のひとつだろう。彼らは環境と政治、安全保障、経済、哲学、美術といった各学術分野と環境問題を横断的に研究する専門家チームだ。

BIOSリサーチユニット © MattiPyykkö

 ヘルシンキ市は、2030年までに二酸化炭素排出量を60パーセント削減、さらに35年までにカーボンニュートラル(環境中で、二酸化炭素の排出量と吸収量が同等の状態)を達成するという環境戦略を掲げている。ビエンナーレの開催にあたっても、当然、市による環境保全のための厳しい枠組みが適用されるという。その対策のひとつとして、ビエンナーレではヘルシンキ市環境センターが企業やイベントに対して環境保護施策をカスタマイズして提示する、環境マネジメントシステム「EcoCompass」を導入するという。こうした取り組みのなかで、BIOSリサーチユニットのようなチームが、学術的な視点から具体的にどのような施策やプログラムを展開するのかに注目したい。

 

ビエンナーレと合わせて楽しみたいアートスポット

 ヘルシンキには、多数の美術館やデザイン施設がある。ここではビエンナーレの会期中にあわせて訪れたいデザイン、アート、建築スポットを紹介する。

 まずは9月に開催されるフィンランド最大のデザインフェア「ハビターレ」(2020年9月9日〜13日)。家具やインテリア装飾など、家に関わる多様なデザインの紹介を毎年開催している同フェアは、1970年に始まり、各国からデザイン関係者を約6万人(2019年度)動員するまでに成長したデザインの一大見本市だ。

「ハビターレ2019」の会場風景 ©︎ yOU(河崎夕子)

 50周年を迎える今年は「アート・オブ・リビング」というテーマのもと、フィンランドを代表するデザイナーのひとり、イルッカ・スッパネンを展示設計者に迎える。会期中は、デザインアカデミーアイントホーフェンのクリエイティブディレクターで元『ドムス』編集長のジョセフ・グリマによる基調講演、ディスカッションなど多彩なプログラムも用意されており、最新のデザイン事情に触れることができる。

アテネウム美術館内観 ©︎ yOU(河崎夕子)

 ヘルシンキ中央駅周辺には、美術館や現代建築が多数集まっているのでぜひ訪れてほしい。駅前にあるアテネウム美術館は、19世紀から現代の作品まで2万点以上の作品を所蔵する国立美術館で、充実した常設展のほか、力の入った企画展も定期的に開催されるので、事前にチェックしておきたい。

 フィンランドの現代美術の最前線を知りたいならば、まずはキアスマ現代美術館(KIASMA)へ。アメリカの建築家スティーヴン・ホールによる自然光と曲線を取り入れた空間も必見だ。建築という点では、隣接するヘルシンキ中央図書館「Oodi」にも是非足を踏み入れてほしい。この図書館はALA Architectsの設計により、2018年に開館したばかりだが、3Dプリンターやゲーム機の貸し出しも行う先駆的な図書館として、国際図書館連盟により2019年度の「Public Library of the Year(公共図書館オブ・ザ・イヤー)」に選ばれた、いま注目の建築のひとつである。 

 2018年にリニューアルオープンしこけら落としにチームラボ展を行ったアモス・レックス(AMOS Rex、旧アモス・アンデルソン美術館)も、地下にスペースを持つそのユニークな建築が見所だ。近くには、ビエンナーレを主催するヘルシンキ市立美術館(HAM)もあるので、是非足を伸ばしてみてほしい。

エスポー近代美術館のルート・ブリュックコレクションの展示風景 ©︎ yOU(河崎夕子)

​ さらにヘルシンキ市から車で10分ほどのエスポー市にも、大規模なコレクションを持つエスポー近代美術館(EMMA)がある。ここは昔の印刷所だった建物を改装した空間で、20世紀と近代美術の作品を所蔵するほか、東京ステーションギャラリーでの展示が記憶に新しい、フィンランドを代表するアーティスト、ルート・ブリュックと、その夫でフィンランドを代表するデザイナー、タピオ・ヴィルカラのコレクションを常設展示するスペースを設けている。また館内の「EMMAスペース」では、毎年、現代アーティストにコミッションワークを依頼しており、これまでに アリシア・クワデ、宮島達男が参加している。2021年には塩田千春の作品が設置される予定だ。

 来年夏秋は、同国で環境に配慮したデザインや国際展を楽しむ格好の季節。ぜひ自然とアートのサスティナブルな融合を目指すビエンナーレとヘルシンキの文化を体感してみてはどうだろうか。