群馬・前橋市のアーツ前橋の今後について検討してきた「アーツ前橋あり方検討委員会」。12月27日に同委員会がまとめた「アーツ前橋の今後のあり方に関する提言書」が、中島信之委員長から山本龍前橋市長に提出された。
今回の提言をまとめた「アーツ前橋あり方検討委員会」は、アーツ前橋の借用6作品の紛失(現在、盗難の疑いで前橋署に市が被害届を提出)を受けて、今年6月に設置されたもの。その事務は具体的に「作品管理・ガバナンス面等で再発を防止する体制を作るための議論」「それを揺るがさない中での、今後のアーツ前橋のあり方についての議論」「上記を踏まえた今のアーツ前橋に相応しい館長像の議論」とされている。これらについて意見交換を行い、提言と報告をまとめることを目的とした。
今回市長に手渡された「アーツ前橋の今後のあり方に関する提言書」の要点を確認したい。
作品紛失の再発防止のために、提言書では次の3点が要点としてまとめられた。「作品は原則、アーツ前橋館内に保管する」「作品管理の管理表作成とマニュアル化を徹底する」「作品管理の経過を可視化し、借用先、学芸員、事務職員で定期的に情報共有する」。
今回の紛失は、本来作品の保管場所として想定されていなかった旧前橋市立第二中学校の特別教室棟にあるパソコン室で発生した。旧二中の木工室と準備室は紙資料など限定されたものを保管する場所として借用されていたが、パソコン室はアーツ前橋の管理外である。アーツ前橋の収蔵庫と一時保管庫には余裕があったにも関わらず、正式な保管場所ではない場所に作品が移送されたため、本来あるべき保管時の記録なども行われていなかった。こうした状況を受けて、作品の借用、移送、保管の管理や調査作業の際には、履歴や資料、画像などを記録することの重要性が強調され、手続をマニュアル化したうえで、透明性の高いかたちでこれら手続きを可視化することの必要性が明記された。
また、コンプライアンスやリスクマネジメントについても提言書では言及されている。今回の紛失においては、2020年1月に紛失が確認されてから遺族への謝罪まで約6ヶ月もかかり、住友元館長と担当学芸員が作品を紛失した事実を隠蔽しようとしていたことが調査報告書で指摘されるなど、紛失後の対応が問題となった。
こうした報告を踏まえたうえで、「事案発生の場合は、社会的視点に立つ」「速やかな判断と組織的な共有、対応を図る」「日頃から『互いを認め合う』職場環境に心がける」といったコンプライアンスが改めて明記され、また事案が発生した場合は「調査─謝罪─再度の詳しい調査─原因究明─改善策の策定─処分」という手順を速やかにとることが明示されている。またアーツ前橋や前橋市で、定期的なリスクマネジメント講習等を設定することも記された。
加えて、アーツ前橋の学芸員に退職者が多く頻繁に募集をかけていたことが、全国的に見ても例が少ないことも提言書には記載された。こうした状況の改善については、提言書に「組織運営・人材育成」として盛り込まれている。アーツ前橋では非常勤の館長と、経験が少なくそれぞれの年齢が近い数名の学芸員という人員構成が続いてきたが、今後は正規雇用の促進や待遇改善を図りながら、より質の高い学芸職の確保に向けた運用改善に取り組むべきだと記載された。なお、こうした学芸員の待遇問題はアーツ前橋特有のものではなく、全国の美術館が抱えている問題であることも付記しておきたい。
加えて、学芸員の意見を集約して、適切な助言を与えて職員間の意思疎通を円滑にするとともに、館長とのパイプ役を担っていく存在である管理的職員、またはリーダー的な人材の必要性も明記された。
以上のように再発防止についての提言をまとめたうえで、次のようなかたちでアーツ前橋の今後に向けた方策が示された。
あり方検討委員会が今後のアーツ前橋について考えるうえで、もっとも重視したのは、アーツ前橋が開館当初から掲げてきた「創造的であること」「みんなで共有すること」「対話的であること」の3つのコンセプトに立ち返ることだ。このコンセプトを変える必要はなく、今後もこの延長線上に事業を継続されていくべきものと提言書では記された。
提言書内では、改めて作品収蔵と調査研究が、展覧会と合わせたアーツ前橋の両輪であることが確認されており、またアーティスト・イン・レジデンスや周辺地域とのワークショップを中心とした地域連携など、これまでの活動で得たものはアーツ前橋の財産として高く評価されている。前橋文学館、白井屋ホテル、馬場川再整備といった、前橋の他施設との協働の重要性も記された。
最後に、新たな館長の選任に向けて、館長像の基本が示された。とくに「美術館での現場で運営に関わり、実務経験が豊富である」「リスク評価と管理、コンプライアンスの徹底」「信頼回復に尽力できる」「活動方針に沿って、事業計画を適切に立案し、進捗管理できる」「風通しの良い職場環境を醸成できる」「ハラスメント問題にも関心をもち配慮できる」「美術館全体のプログラムの分量を把握し、業務量を適切に配分できる」などが、今回の委員会での議論を色濃く反映したものといえるだろう。
なお、今後はこの提言を受けて、前橋市が主体となり館長選定について考えていく。