美術手帖 2018年10月号
「Editor’s note」

9月7日発売の『美術手帖』 2018年10月号の特集は上海アートシーン。編集長・岩渕貞哉による「Editor’s note」をお届けします。

『美術手帖』2018年10月号より

 今号は、「上海」のアートシーンを特集します。小誌で中国の特集を行うのは2006年10月号での「入門 中国美術」以来となる。

 当時の中国は、2008年の北京オリンピック、10年の上海万博を控え、GDPは年率10パーセントを超える成長を続けていて、にわかにその存在感を増してきていた(それでも06年のGDPは日本の6割程度)。そんななかでの「入門 中国美術」は、専門家を除けばあまり知られていなかった中国のアートを北京・上海の最新取材から中国美術の歴史まで、まさに入門的に紹介するものだった。ただし、当時の中国はアートマーケットがようやく胎動し始めてきたばかりの混沌とした状況もあってか、日本の読者の反応は芳しいものではなかった。2005年に中国各地で起こった反日活動の影響もあったのかもしれない。

 それから12年、中国は次の覇権をうかがうほどの国力を得て、日本との関係も必然的に変わらざるを得ない(10年にはGDPで日本を抜いて世界第2位、現在は日本の約2.5倍の規模になっている)。言うまでもなく各国・各都市のアートは、その地の政治・経済・社会を背景に営まれるものであり、上海のアートシーンは、21世紀の都市間競争のなかで、政府の強力な後押しのもと、アジア No.1の地位に上り詰めようとしている。

 上海の特筆すべき点を2つ挙げてみたい。ひとつは、政府の文化政策によって美術館・ギャラリー・文化施設が集積する西岸地区(ウェストバンド)の開発。そして、美術館を自らつくってコレクションを公開するなど、マーケットに留まらず普及の面でもシーンを牽引する個人のコレクターの存在だ。この情熱を持った個人は、当局の強いバックアップを受けているという構図である。

 今回、編集部は10日あまり上海に滞在して、アーティスト、キュレーター、ギャラリ スト、フェアディレクター、コレクター、編集者など多くの関係者に会って、対話を重ねた。私も数日間同行したのだが、会う人のほとんどが当局の存在を冷静に受け入れながら、上海のアートシーンをポジティブに前進させていこうという気概が感じられた。また、マーケット先行型で批評や美術史的研究が遅れていることから、その点で歴史的な蓄積のある日本から学んで、交流を進めたいというオープンな姿勢が印象的だった(実際日本にもよく来ている)。

 そんな中国と日本のアートシーンはこれから、どのような関係を構築していくことができるのか。この数年間はとくに大事な時期となるだろう。本特集を読んで関心を持った方は、11月に行われるアートフェアに足を運び、上海アートシーンの空気を肌で感じてみていただきたい。

2018.09
編集長 岩渕貞哉

『美術手帖』2018年10月号「Editor’s note」より)

編集部

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