PwCはなぜ現代アート展を行うのか。CEO・大竹伸明と識者たちが語る「アート✖️ビジネス」の現在地

大手コンサルティングファームのPwCコンサルティング合同会社が初めて開催する現代アート展「How to face our problems」。企業と国が現代アートを求める背景と戦略をビジョナル株式会社取締役CTOの竹内真、元テルモ株式会社代表取締役会長の中尾浩治、文化庁文化戦略官の林保太、PwCコンサルティング合同会社代表執行役CEOの大竹伸明による座談会で解き明かす。

文=永田晶子 撮影=手塚なつめ

左から、文化庁文化戦略官の林保太、PwCコンサルティング合同会社代表執行役CEOの大竹伸明、元テルモ株式会社代表取締役会長の中尾浩治、ビジョナル株式会社取締役CTOの竹内真

 東京都渋谷区の代官山ヒルサイドフォーラムで2月27日から3月2日まで開催される現代アート展「How to face our problems」。アルフレド・ジャー、ミリアム・カーン、森万里子、潘逸舟、金光男、涌井智仁の6名の作家の作品を紹介する本展は、大手コンサルティングファームのPwCコンサルティング合同会社(以下PwC)が自ら企画・キュレーションを行う異色の展覧会だ。

 本展のタイトル「How to face our problems」は、訳すると「私たちの課題とどう向き合うか」。展覧会では、今日の重要課題である「テクノロジー」「エコロジー」「地政学」を意識させる平面、立体、映像など多様な作品をPwCがセレクトし、現代アートを介した問題意識の共有を目指すという。多岐にわたる領域で「最適解」を導き出し、助言を行うグローバルなコンサルティングファームならではのコンセプトとも言える。

 現在、多くの企業が現代アートと関わる活動を行っているが、その向き合い方や実践の仕方はさまざまだ。それぞれの立場で「アート×ビジネス」に関わる4氏が顔を合わせた今回の座談会は、アートに取り組みたいと考えているビジネスパーソンにも参考になるのではないだろうか。

大竹伸明(以下、大竹) PwCが今回の展覧会を開催するに至った背景を説明したいと思います。PwC Japanグループは、様々な社会貢献活動に取り組み、たとえばサッカーJ1の川崎フロンターレ、女子ゴルフの上田桃子選手、車いすバスケットボールチームのNo Excuseに対するスポンサーシップなどを行っています。このように、どちらかと言えばスポーツ系が多かったのですが、2023年1月には熊川哲也さん率いるKバレエの新作公演に特別協賛し、当社の内定者を招待しました。とくに学生が反応したのは環境保護とリサイクルをテーマにした演目で、業務でサポートさせて頂いている企業や地域の課題とリンクしていました。それで、芸術方面に目が向いて考えていたところ、社内から「現代アートをやりましょう」との声が上がったのです。

 社内でヒアリングを進めたところ、現代アートは五感へのインパクトだけでなく、作品のコンセプトや織り込まれた文化的・社会的・歴史的な文脈も重要だと知りました。テクノロジーによる破壊的変革や気候変動、地政学的分断など、当社が関わる課題や領域を意識した作家もおり、そうした作品を広く紹介する社会的意義を感じました。展覧会では、社会で信頼を築いて重要課題の解決を目指すPwCのパーパス(存在意義)もお伝えできればと期待しています。

大竹伸明

企業はいかにアートと向き合うべきか

──竹内さん、中尾さんはアートコレクターとしても著名ですが、会社として行われた取り組みを教えてください。

竹内真(以下、竹内) Visionalにおけるアートの取り組みは弊社のなかであくまで実験的な位置づけです。主な取り組みを挙げると、2019年2月に渋谷のスクランブル交差点の大型街頭ビジョンで上映されたソフィ・カルの映像作品《Voir la mer(海を見る)》をビズリーチでスポンサードしました。ソフィ・カルは世界的に有名なフランス人アーティストで、作品はイスタンブールに住む、海を見たことのない14人が初めて海を見る様子を捉えたものでした。渋谷に弊社のオフィスがある地縁や新しい視点をもたらすアーティストを支援する狙いでプロジェクトに協賛し、深夜の渋谷にアート作品が流れる意外性もあって社内外で好評でした。

 社としては「Visional Collection」として日本の現代アート作品を収集し、2020年7月から渋谷のオフィス内に飾っています。大御所から若手作家まで、現在の作品数は36点です。弊社を訪れる方にもご覧いただけるようにエントランスに展示エリアを設けています。村上隆さんのペインティングの隣に無名のアーティストの作品が並ぶなど、関心がある方に面白くご覧いただけます。

 またビズリーチでは、2022年から公益財団法人福武財団とビジネスプロフェッショナルが対象のアート鑑賞を活用した学びプログラムの共同研究を行っています。脳科学者の方によれば、人間はアート作品を見ると美醜や善悪を認知する脳の一部が非常に活性化されるそうです。そうしたメタ的な判断を行う部位は日常生活で使う機会はあまりありませんが、対話型鑑賞では「なぜ自分がそう思うか」を言語化する必要があり、よりクリアに自身の感覚や思考と向き合うことができます。

 ビジネスの判断に行き詰った場合も、一度メタ的な次元に自分の視点を上げてみると違うアプローチの糸口が見つかるかもしれません。絶えず判断をくだす必要がある経営者なら、例えばサウナに行くなど、思考回路を切り替える手段をお持ちでしょうが、アートは自分のバイアスを一度外してくれる媒介として非常に有効だと思いますね。

──竹内さんはなぜ「Visional Collection」を始めたのでしょうか。

竹内 ビジネスを成長させていく作業が非常に複雑で、ときに矛盾する要素をはらんでいると思い至ったことがきっかけです。今ある事業を大きくしながら、新しいものをつくり続ける。そんな弊社の意思を目に見えるかたちで伝えるひとつの切り口として「アート」を考え、実験的な試みとして「Visional Collection」を始めました。

竹内真

──中尾さんは、テルモ在籍中に現代アート作品のオフィス展示を行ったそうですね。

中尾浩治(以下、中尾) 会長になってから、もともとコレクションしていた近代洋画や日本画を現代アートに入れ替え、社内に飾りました。社内の反応は極端に分かれ、「面白い」と関心を示す人もいれば、「美しくない」という社員もいました。社を訪れたフランス人のお客さまは、作品のアーティスト名まで聞いてくる。「この反応の違いはなぜ?」と思いました。その後に社外で色々な人と話しても、やはり「現代アートはわからない」という声が多く、一般的にもそう受け止められていることがよくわかりました。

 なぜ「わからない」かと言えば、僕はそもそも「アート」という言葉が誤解されているからだと思います。明治時代に「美術」と翻訳されたのがボタンの掛け違いの始まりで、「美」を鑑賞するものだと理解している人が多いんですね。でも、アートの語源はラテン語の「ars(アルス)」ですから、本来は技術や手仕事を指し、美と同義語ではありません。僕は「匠(たくみ)」という意味で理解しています。

中尾浩治

──中尾さんは、金銭的価値とは異なるアートの価値をどのようにお考えですか?

中尾 現代アートは「美」をたのしむというより、作品の背景に潜む考え方を読み取るものです。鑑賞しながら、いま世界で起きている出来事や過去の歴史、異なる文化を知ったり、違う価値観や視点に触れたりできる。あと、アートは時代とともにつねに新しい展開がありますよね。写真やキュビスム、抽象芸術、デジタルは代表例です。いま、世界のどこかでピカソ級の変革者が出現しているかもしれないし、そうした新しい動きを目撃できることも醍醐味だと思いますね。

ビジネスリーダーが見据えるこの国のアートの未来

──発信ということで言えば、今回PwCが開催する「How to face our problems」展は、世界トップクラスの作家(アルフレド・ジャー、ミリアム・カーン)、国際的に知られた日本の作家(森万里子)、活躍の幅を広げている中堅・若手(潘逸舟、金光男、涌井智仁)と、世代やキャリア、背景が異なる様々な作家を混ぜ合わせた多様性があります。

林保太(以下、林) 世界の文脈のなかに日本の現代アート作品を並べて鑑賞してもらうというのは非常にいいことだと思いますし、そういうことを日本の美術館にも是非やっていただきたいですね。海外と日本の作家を混ぜるグループ展、かつ、キュレーションまで自社で手掛けるというのは先駆的な試みだと思います。

大竹 社内の会議で「多様性を重視すべきだ」と話し合いました。かつて男性が多かったコンサルティング業界も近年かなり変わり、当社は新入社員のほぼ半数が女性です。社内を見渡すと地政学のアナリストや環境問題のスペシャリストなど多様な人材がいて、またそうでなければ現代のクライアントが直面する深刻で複合的な課題に対処することはできません。

 PwCでは「Community of Solvers」という言葉をよく使うんですが、要するに専門性やバックグラウンドが異なるメンバーがスクラムを組んでこそ最大限に力を発揮できて、困難な課題を解決できるという考え方です。

大竹伸明

──大竹さんは現代アートをどう見ますか?

大竹 多様性の話ともリンクしますが、経営者の意思決定のあり方が変わってきたと感じています。エモーショナル(感情)がない、ラショナル(合理的)な判断だけでは経営が完遂できなくなりました。たとえば20年前は、「他社が良い製品をつくったから当社もやりたい」というご相談が多かったのです。これはラショナル(合理的)な経営判断です。ところがこの5年、10年で、「世界にない新しいものをつくりたい」とサポートを依頼されるケースが増えました。これは「やるんだ!」という企業のエモーショナルな熱量も含んだ経営判断だと言えます。そうした経営者の方々を支える私たちも今まで以上にクリエイティブな感性やエモーショナルな要素に目配りする必要があり、それに現代アートは非常にマッチしていると思いますね。

中尾 アーティストは、自らのコンセプトでユニークなクリエーションを生み出すことに人生を掛けています。僕はビジネスも同じで、ユニークさこそが企業の存在意義だと思います。その意味でアートと経営は同じ土台に立脚しているとも言えます。

林保太

──林さんは、最近の現代アートに関わる企業の取り組みをどう捉えていますか?

 私が現代アートに関わり始めた2012年当時と比べると隔世の感があります。企業がアートやアーティストという存在の重要性や価値に気づいて実際に動き始めていると強く感じています。アートエコシステムがうまく回っていくために、企業による活動が活性化するような仕組みづくりも必要だと思います。

──企業がアートの重要性に気づいたのはなぜだと思いますか?

 大竹さんのお話とも関係しますが、基本的に日本の企業はキャッチアップ型だったと思います。もともとあるものをどんどん改良して、価格競争で勝っていくかたちです。しかし、その時代が終わり、世界の人々から選ばれるような新たな製品やサービスと作りださなければならなくなったいま、斬新な発想やクリエイティビティが求められるようになり、その源泉としてアートの重要性に企業だけでなく様々な人が気づき始めたのだと思います。

 アーティストはみんなが気づかない事象をキャッチしてかたちにします。アーティストでなくともそういったことができる人間が日本の社会にもっと増える必要があると私は思います。つまり、目に見えない課題に気づいたり、新しいことに挑戦したり、物事を大胆に変革できるような人です。

大竹 企業が現代アートに対し何ができるのか、国内のアートエコシステムの形成においてどのような期待感が持たれているかを垣間見ることができたように思います。本日はありがとうございました。

編集部

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