──コロナ禍最初の緊急事態宣言によって会期半ばで中止となってしまった、昨年春の「MOSHA」展(銀座 蔦屋書店GINZA ATRIUM)以来の個展となります。コロナ禍では何が制作のモチベーションになりましたか。
「MOSHA」展が始まってすぐに、銀座 蔦屋書店の「MOSHA」展担当者の紹介で、キューピー人形を製造するオビツ製作所をよく知る、某アートコレクターさんが会場に来てくださったんですね。それから個展自体は、緊急事態宣言によって会期1週間ほどで急遽中止となってしまったんですが、その個展担当のディレクターさんと某アートコレクターさんから「オビツ製作所とキューピー人形のコラボをやってみませんか?」と提案されました。
立体はまったくやったことがないので無茶振りでしたけど、ありがたかったです(笑)。コロナ禍で大変になったからやめるのではなく、その状況でやってきた案件を受けるのがアーティストだと思いますし、そのディレクターさんやオビツ製作所の方など、助けてくれる人たちがいるということがモチベーションになりました。
──キューピー人形というモチーフからは、すんなりアイデアが生まれましたか。
新鮮なものを取り入れたいという思いで受けた話ですが、自分の制作スタイルにキューピー人形をどう入れるかというのは非常に悩みました。8ビットや16ビットという低解像度のレトロゲームのテイストを取り入れて、平面作品の制作を続けていましたから、どういうデザインにするかをその延長で考えました。ファミコン、スーパーファミコンに続き、NINTENDO64というゲームが出て、まだ稚拙でしたけど、ポリゴンという多面体のヴァーチャル・リアリティに用いる技術が採用されていたので、それを踏襲しようというところから始まりました。
──森さんがキューピー人形をポリゴンで表現するとなると、平面作品とは違う思考で制作されたのでしょうか。
いや、平面作品で使っている技術も取り入れたいという思いがあったので、純銀を精製して鏡にする銀鏡塗装というよく使っている技術でキューピー人間を表現できないか、と考えていたこともポリゴンを選ぶきっかけになりました。もしキューピーを銀鏡塗装する際に、つるっとした曲面にただ塗装してもオリジナリティは出ないと考え、いまもあるのかわかりませんが、昔のカラオケルームの天井についていたようなミラーボールを思い出したんですね。回転したときや、見る人の視点が動くとガラッと表情や色味が変わる。ミラーボールのテイストは、NITENDO64のポリゴンのロジックと同じです。
──ポリゴンのロジックを使うことで、平面で用いていたレトロゲームのイメージと立体表現が結びつくと。
そうですね。それと、継続的なテーマのひとつとして、見たことがあるようで、でも実際には存在しないから見たことがないようなものをつくりたいと思っています。ポリゴンのキューピーは実際に調べてみると存在しなかった。それで、最初にどういうイメージで立体にできるかスケッチを描きました。自分ひとりでつくるわけではないので、職人さんや3Dの技師の人たちにイメージを伝えるためにも必要なものでした。
今回は版画も出品するのですが、その最初のアイデアスケッチをもとにカラフルな版画作品を仕上げようというプランが出て制作しました。実際は側面図や背面図も描いたんですが、正面図と比べると相当地味なので版画にはできず(笑)。その代わりカラーバリエーションを増やして展示をしたら映えるだろうと、色のイメージが広がりました。
──立体作品の制作は初めてですし、平面作品を手がけるのとは違った困難もあったのではないでしょうか。
最初にアイデアスケッチを仕上げたら、それを立体にするための3Dデータを作成し、コンピュータを通してABSライク樹脂という材料で3D出力します。そこに銀鏡塗装をするのですが、平面作品では味わったことのない難しさを感じました。銀鏡塗装をするときは、高熱で長時間、乾燥炉に入れて乾燥させます。そこで樹脂が収縮して変形してしまう。職人さんとこまめに制作状況を共有して対処方法を考えながら進めていましたが、失敗も繰り返して検証にもすごく時間がかかりました。初めてのことでしたし、全然先が見えなくて「これ本当にできあがるのか?」という不安もありましたけど、振り返ってみると楽しかったですね。
──立体は5色展開ですが、最初に銀鏡塗装をするのはすべてに共通しているんですね。
そうです。銀鏡塗装をしたうえで透明の黄色を塗ったり、透明の黒を塗ったりして色の表現をします。今回は、工場で職人さんたちと対面でやりとりするだけではなく、リモートで打ち合わせすることも多かったので、制作を通して現実空間と仮想空間を行き来しながら仕事をしている感覚が強かったんですね。データもありましたし、そこで仮想空間での「MORYGON KEWPIE」を見せる作品も発表できるのではないかという話になって、映像作品を手がけることになりました。
──会場には9台のモニターが並んでいます。
「MORYGON KEWPIE」をフィギュアとして見せる映像ですね。フィギュアは回転台に乗せて展示することがよくあるので、映像作品はそのテイストでゆっくり回転する姿を見せて、色が9色に変化していきます。それを9台のモニターで見せるのですが、再生するタイミングをずらすことで、モニターごとに9体の色が異なるカラフルな映像インスタレーションになります。目にギミックを入れて8ビットテイストで動くようにもしています。
──職人さんへのインストラクションのためにデータを用いていたことで、立体から映像へとさらに作品の幅が広がったんですね。
ちょうど時期的にもNFTアートがニュースになり始めていたので、映像作品をNFTとして制作してはどうだろうという話になりました。投機目的で購入する人も多いと聞きますし、僕のNFTがアートとして受け止められるのか、実際にどう展開するのかはまったく見えませんが、ニュースを見ていると興味はあります。ブロックチェーンに作品が紐づいて、評価されて価値がどんどん上がっていく場合もあれば、売れなくてネット上に残って不良債権のようになってしまうこともあると。
ただ、これまでの平面や立体作品だと、作家に入ってくる売り上げは最初に作品が売れたときに発生して、オークションや個人間で転売されても1円も入ってきませんが、NFTだとブロックチェーンを通して作品の動きを追いかけることができるので、セカンダリーで売買されるたびに、販売価格から一定の割合で作家にもお金が入ってくると聞きました。そういった仕組みは夢があると思うし、次の制作の糧にもなりますよね。
──キューピー人形というお題から初の立体作品にチャレンジし、そこから関連して版画と映像作品も生まれました。森さんのこれまでの作品を見ていても、作品のモチーフやテーマの幅を広げてご自身の作品の幅を広げることと、アートの表現領域や技術の拡張という両方に目を向けて制作に携わっている印象を受けます。
そういうことは意識しています。自分はこうです、これしかできません、って割り切って同じところにこだわり続けるのも魅力的ですけど、僕の場合は限定しないで、体感したことや経験したことを盛り込みながら制作を続けるのが好きなんです。アートってもう、新規性を探すのは極めて難しいと思うんですね。究極のところまでやり尽くされているようなところがあって。そうであれば新規性を追いかけるのではなく、その時代に起きていることやその少し先に目を向けていけば、自然とオリジナリティみたいなものが出てくるはずです。
僕の場合は、そのベースにポップアートや日本の古典美術を置いて、現代の工業テクノロジーや今回試したNFTなどをシミュレーションしていく。そこにみんながわかる元ネタが入ってきて、ある種の節操のなさが熟成してきたときに森ワールドが定着していくんじゃないかと想像しています。
──幼いときにご覧になり、意識に染み付いているファミコンや漫画などのイメージがアートとして表象するとしたら、ポップアートであり、そこから表現が広がるというようなイメージでしょうか。
おっしゃる通りです。それをどうやってかたちにするかと考えると、自分ひとりでできることは限られていますから、自分がこういうものをつくりたいという欲望があったとしても自分の技術だけではどうしても及ばない部分がある。それを3D技術や塗装を専門とする職人さんに協力していただいて制作し、展示から販売までのフローをどう現場の人にストレスなく最後まで進めてもらえるよう監督できるか。いま自分が考える芸術表現として大事なのは、その制作進行の部分なんじゃないかと思っています。こういうものをつくりたいという欲望を叶えてくれる技術と出会えたときに、一番興奮しますから。
──コンセプトを立てたらそれを職人たちとリモートで視覚的に共有し、実際に技術と素材を用いてかたちにしながら現場で作品化していくプロセスを経験して、その意識が高まったのでしょうか。
現実空間と仮想空間が入り乱れて進めていくプロセスに、本当にいままでやったことのない面白さがあったんですね。今回はあるゼネコンの仕事を請け負っている職人さんが、「森さん、見てみなよ」って建設案件の制作進行表を見せてくれたんです。「こういうのないと終わらないよ」って。確かに職人さんとしては、納期がはっきり切られていないと進めにくいですよね。いくつもの仕事をしているから。納期が明確に見えるとそこを目指してやってくれるので、目的を共有できる。そこはすごく学びましたね。
今回の展覧会の反応を見てからにはなりますが、今後はキューピー人形だけに限らず、タイアップできる版権物を「モリゴン化」できたら面白いかなと思っています。銀鏡塗装仕上げの多面体形状で目のところが8ビットのデザインになっていて、お馴染みのキャラクターがちょっと不気味だけど可愛さもあり、見たことありそうなんだけど、じつはこれまでに存在していなくて。かたちにできる職人さんたちとチームを組めますし、そういうシリーズ展開も模索していきたいですね。