ギャラリストに聞く、写真家トーマス・ルフの素顔

日本では初となる美術館での大規模なトーマス・ルフの個展が、東京国立近代美術館で開催された。これ機に、トーマス・ルフを取り扱うギャラリーのひとつ、デイヴィッド・ツヴィルナーのシニア・パートナーであるアンジェラ・チューンが来日。作家と二人三脚で歩み続けるギャラリストにインタビューした。

聞き手=佐藤史織

デイヴィッド・ツヴィルナーのシニア・パートナー、アンジェラ・チューン(左)とトーマス・ルフ(右)

 デイヴィッド・ツヴィルナー(David Zwirner)ギャラリーを共同経営するアンジェラ・チューン(Angela Choon)は、自身が担当するトーマス・ルフの個展レセプションの直前に、黒いパンツスーツに身を包み颯爽と現れ、インタビューに答えてくれた。設立初期からギャラリーを支えてきた彼女が、柔らかな口調で16年ともに歩み続けてきたアーティスト、トーマス・ルフや今回の展覧会について話し始める。

 「トーマスは非常に知的で、『プロフェッショナル』なアーティストです。なぜなら、アーティストとして何がしたいのか、どんな『イメージ』をつくり出したいのか、ということを明確に認識し、それらを論理的に実現しているからです。今回の個展は、そんな彼の初期から新作までの作品群を、実物で見ることのできる貴重な機会になっています。

 それぞれ性格の異なる作品シリーズからわかるように、トーマスの写真表現の探究は次から次へととどまることを知りません。彼は作品のテーマを定めたら、それが有する含蓄を絵画的、概念的に追究しています。

 例えば、日本と関係が深い「基層」シリーズ(2005-06)は、もともと日本のマンガの色鮮やかな素材を使い抽象化することによって、あるイメージの背後に存在する色彩や形状を表出させています。そこで注目すべきは、写真素材や技術の使用方法です。完成作品を見ると、本当に写真素材を使っているのかと疑問に思うほどでしょう。

 このような写真へのアプローチが作品に普遍性を与えるとともに、トーマスを写真界における重要な人物たらしめている要因ではないかと思っています」。

 2001年のアメリカ同時多発テロ事件がきっかけとなって生まれた「jpeg」シリーズ(2007-09)では、インターネットに流通するイメージを低解像圧縮することによってノイズをつくり出し、大きく引き伸ばして印刷している。当時のエピソードとして、煙が上がるワールドトレードセンタービルの作品を挙げながら、事件発生の当日、偶然にも現場近くのギャラリーでルフと凄惨な光景を目撃していたことを教えてくれた。

 その後、ルフは2010年よりデイヴィッド・ツヴィルナーに所属。翌年2011年に発表した、ポルノサイトから援用した画像を加工した「ヌード」シリーズによって脚光を浴び、にわかに世界的な認知度が高まる。チューンは、ルフとのこれまでを振り返る。

 「トーマスは現在、ガゴシアン・ギャラリー(Gagosian Gallery)など複数のギャラリーに所属していて、それぞれのギャラリーの得意分野で役割分担をし、アーティストが制作に集中できるよう、お互いに協力しながらサポートしています。私たち(デイヴィッド・ツヴィルナー)は、これまで培ってきた地盤を活かしてアメリカ市場を担当しています。

 アーティストとして妥協を許さない率直なところもありますが、とても紳士的な人柄ですよ。少しシャイな一面もあるんですけどね(笑)。何よりもこうして東京国立近代美術館でこれほど大規模な展覧会を開催できることを、私はもちろん、トーマスもとても光栄に思っています」。

 現在では世界各地にスペースを持つデイヴィッド・ツヴィルナーは、1993年の創業当初はニューヨーク・ソーホー地区の一角に位置する小さなギャラリーからスタートした。最後に、同ギャラリーの今後の展望と日本のアートシーンの印象について聞いた。

 「今後はアジアにも積極的に紹介していこうと、今年の9月に新しいスペースを香港にオープンします。今年3月、アートバーゼル香港に出品したトーマスの作品が好評で、あらためてアジア市場の興隆を感じました。様々な場所や異なる文脈で展示することは、作品にとって、何よりアーティストにとっても大切なことだと思っています。

 日本は非常に豊かな文化の土壌があり、またそれを支える制度、マーケットを持っていると思います。いっぽうで文化的に『島国』だと感じるのは、ある展覧会を計画する際にゼロから展覧会を構想するのではなく、会場となる施設を出発点に考えられているのではないかということです。逆を返せば、将来的に外へ開かれていく可能性にあふれているということです。これからは、日本のアートをもっと海外で発表したり、海外のものを日本に持ってきたりと、交流が活発になることを楽しみにしています。

 私が担当していた故・河原温は、普遍的で万人に語りかけるような素晴らしい作品を制作し、積極的に海外で作品を発表していた日本人アーティストのひとりでした。これからはもっと日本のアートシーンについて知っていきたいと思っています。ぜひ日本の素晴らしいアーティストを紹介してください!」。

編集部

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