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INTERVIEW - 2019.7.7

絵画はまだまだ新しい世界を提示できる。ベルナール・フリズ インタビュー

計画と実行の絵画。ベルナール・フリズの作品は、事前に色や刷毛の種類、描き始める位置など綿密にプランを練り、その計画を厳密に実行することで構成される。個展に際して来日した作家に、アーティストの梅津庸一が絵画との向き合い方について聞いた。

文=梅津庸一(パープルーム)

ベルナール・フリズ カイカイキキギャラリーにて 撮影=南阿沙美

絵画の可能性を拡張し、よどみない美を探求し続ける

 フランス人画家ベルナール・フリズの個展が、カイカイキキギャラリーとペロタン東京で同時開催された。日本でフリズが紹介されたのは、2006年に国立国際美術館(大阪)で行われた「エッセンシャル・ペインティング」展以来、じつに13年ぶりだ。

 色相をまんべんなく使ったフリズの作品は、サイケデリックな輝きを放っている。刷毛に含ませた絵具は、凹凸がなく平滑な支持体の上で、 瑪瑙 めのうの断面に見られるような解像度の高い帯状の美しい模様を形づくる。ブラッシュ・ストロークはお互いにぶつかり混色、あるいは混濁していく。それは時に襞であるかのような錯覚を観賞者にもたらす。絵具が溜まった箇所はまるで油膜の表面のような玉虫色で、そのなかで絵具がゆっくりと対流し混ざり合ったり反発し合ったりしているのが確認できる。画面全体に施された樹脂(レジン)は、古典絵画におけるルツーセのようにもiPadの液晶画面のようにも見える。

 筆者は2005年にフランクフルトの現代美術館で初めてフリズの作品を見た。それはサークル状に固まった色とりどりの絵具をキャンバスに貼り付けた小ぶりな作品だった。

 「それは1980年代に制作を開始したシリーズで、もともとはあまり計画性のない作品だった。ある日、キッチンやお風呂場なんかを塗る家庭用ペンキが入った缶の蓋を閉め忘れ、そのまま放置してしまったんだ。翌朝アトリエに戻ったら、缶の中のペンキの表面が乾いてしまっていて、もったいないのでキャンバスにペタペタ貼っていった。ちょうど絵と色との関係について考えていた時期で、ペンキの表面を切り取ったところしっくりきたんだ。ただ評判は良くなく、当時は厳しい意見をもらうこともあった。最初にもらった意見は丸を貼ってなんの意味があるのか?というものだった。彼らはそれが絵具であって、絵具を使って絵を描いているのだということを理解してくれていなかった。だからその後、ペンキらしさを出すためキャンバスからはみ出させたり、にじみや凸凹を残したりするようになったんだ」。

 またフリズといえば、綿密なプランにもとづいて複数人が同時に描く、協働によるペインティングが有名だ。「それはいかにして描かれているのか?」というお決まりの質問にはうんざりしているはずだろうが、恐る恐る聞いてみた。

 「複数の人とつくっていたのは私の芸術家としての活動のなかでも短い期間。せいぜい6〜7年なんだ。でも、それはもうやらないよ。私の世代のアーティストは作者像を壊そうという意識が強く、絵を誰が描いたかわからないようにするにはどうしたらいいか、という問題意識からたどり着いた方法だったわけさ」。

 その際、協働する人たちはどの程度の熟練度を要したのか、また訓練を積んでいたのだろうか。

 「彼らは画家ではなかった。アートにまったく関係ない人や彫刻家、インスタレーションの作家もいた。知識や専門性、経験は必要ない。そしてうまい、下手も関係ない」。

 しかしながらフリズの作品はとても洗練されているように見える。例えるならば、素人演劇にもかかわらず非常に洗練された舞台のようだ。また、サイ・トゥオンブリーのぐるぐるとしたスクラッチや、ジャクソン・ポロックのドリッピングは鑑賞者に自分もやってみたいなという気を起こさせる。フリズの作品も同様にやってみたいと思わせるが、それと同時に特殊な筆や道具、手法を採用しているためか、若干敷居が高いようにも思える。

 「それはおそらく絵との距離感の問題。ポロックの場合は絵のなかに入れるような気がするが、私の絵画の場合は絵の前に立って距離をとって見ることを要求する。つまり、ひとりの人と人が対峙するように見なければならないんだ。正直で平等な関係をつくりたいので、隠そうとしたりミステリーを生み出したりしないように気をつけているんだ」。

ペロタン東京の展示風景 Photo by Kei Okano Courtesy of the artist and Perrotin

時代や枠組みを超えて

 60 年代末のフランスで起こった芸術運動「シュポール/シュルファス」は「支持体/表面」を意味するが、この運動は絵画の成立や制度を問い直すものだった。フリズの先行世代に当たる彼らとフリズの作品は何か関係がありそうだ。この動向について尋ねると、画家は次のように振り返った。

 「私はフランス南部のモンペリエに住んでいた。シュポール/シュルファスの作家たちの多くもそこに住んでいたので、彼らのことはよく知っているが、彼らの考えのリミットも感じていた。私は彼らに反抗しているわけでも賛成しているわけでもない。ただ、やりたいことがほかにあったのでそちらに集中していただけなんだ。クロード・ヴィアラが具体から影響を受けていたり、彼らがアメリカのハード・エッジから影響を受けていたように、周りから影響されない強固な存在というより、メンバー同士も液体のように互いに影響し合っていたように思う。

 私には絵の先生が2人いた。ヴァンサン・ビウレスとダニエル・ドゥズーズだ。私はシュポール/シュルファスの作家のアシスタントもしたし、美術館に行って作品を模写して勉強もした。しかし、2つのまったく違う世界の問題点や越えられない壁のようなものを感じて、自分の世代がつくるものは完全に別ものであって、自分自身の達成したいものも完全に別のものだと気づいたんだ」。

 アメリカで抽象表現主義が台頭した頃、日本ではアンフォルメルが流行していた。その当時アメリカから伝わったポロックも、アンフォルメル、ダダの流れとして受容されてしまった。日本ではポロックは抽象表現主義というよりアクションペインティングとして受容されていて、それが具体につながっている。その具体はシュポール/シュルファスと関わっており、そして具体の後にもの派が出てくる。

 「美術の歴史とアーティストのインスピレーションは、お互いまったくわかり合っていないことが多い。絵を描いているポロックの写真が雑誌『LIFE』に掲載されて、それが大きな影響を与えたが、日本では君の言う通り具体につながっていく。勘違いもあったけれど、それをベースにしてもの派が生まれた。理解はされていないものの、すれ違いの結果、新しいものが生まれることもある。具体がアメリカで紹介されたときにハプニングを起こした人たちも、具体のことをちゃんと理解していない人が多かったと思う。でも、それこそがアートの素晴らしさなんだ」。

Toky 2018 キャンバスにアクリル絵具とレジン 180×255cm

​ 80年代、日本ではアメリカから30年遅れで抽象表現主義が流行した。具体的には辰野登恵子や中村一美などだ。日本の80年代はニューペインティングとフォーマリズム絵画という、本来であれば相反するものが並行して走っていて、90年代になるとシミュレーショニズム、ネオポップ、村上隆らの登場という流れがある。そんな日本側から見たフリズの作品は、日本の80年代のフォーマリズム絵画とはまったく違うように見える。

 日本では100年ちょっと前、「美術」を輸入する際にフランスのアカデミーの美術教育制度をインストールしており、いまだにそれが生き残っている。そしてフランスの近代画家たちはいまも強い存在感を保持している。実際、日本で印象派展が開催されると何十万人もの人が美術館を訪れる。

 「ヨーロッパでも印象派の展覧会が開かれると多くの人が訪れるが、私が感じるのは、ヨーロッパでも日本でも、誰ひとり本当には理解していないということだ。現代は、美術館に見に行くという体験を消費することが目的になっているように思う」。

 ピエール・ボナールの晩年の作品に浴室を描いた大作がある。浴室の壁もタイルも光に満ちていて、プリズムのように虹色に輝いている。ボナールがものすごく苦労して何年もかけて獲得した輝きである。それと比較するとフリズの作品はとても手早く仕上げられているが、文脈がまったく違うにもかかわらず達成された結果に筆者は類似性を見た。物理的に、または光学的に。

 「ボナールと比較してもらったことは褒め言葉として受け止めたい。私はボナールの絵を見て楽しんでいる。皆さんも私の絵を見て楽しんでくれていると思う。絵との出合いとは、楽しむことがいちばん重要なんだ。先ほど日本の時差の話があったが、日本は遅れていたわけではなく、日本の芸術家たちはほかの関心ごとがあって西洋に目を向けていなかっただけだと思う。それに西洋も日本の芸術から影響を受けている。そして日本では、芸術だけではなく建築も西洋の影響を受けていたりする。人の文化で面白いのは、影響が行ったり来たりするのを感じられることだ。ボナールと比較されたことが嬉しいのは、彼や僕を時代や分野の枠のなかに閉じ込めることなく、比較して自由に楽しんでもらえたからだ」。

Lupa 2018 キャンバスにアクリルとレジン 140×140cm Photo by Claire Dorn

絵画の可能性について

 フリズは絵画を拡張しようとしているのか、深めようとしているのか、あるいは解体すべきものだととらえているのだろうか。

 「私が活動を始めた頃、フランスには画家がいなかったんだ。コンセプチュアルアートをやるべきだという風潮があったが、私は描き続けていた。絵の面白さは制約が多いことだ。平らな表面をつくらなきゃいけなかったり、四角形でなければいけなかったりといった厳しい制限のなかでこそ、絵画はまだまだ新しい世界を提示できると思う」。

 しかし例えば、フリズの一世代上の画家、ゲルハルト・リヒターの作品は絵画の絵画とも言え、絵画のレディメイドのようでもあるが、フリズの作品はそうは見えない。

 「リヒターには興味がない。彼はつねに新しいものを追いかけたり、新しいことに挑戦してはいるが、方向性やアイデア、芸術の定義とか芸術への道筋がはっきり示せてはいない。哲学のようなものを彼の作品からは感じないんだ。対してパウル・クレーははっきりしたアイデアや芸術とは何かという明確な定義を持っているように思う。私は絵を描いているときは他人のことは考えない。絵を見に行くときはもちろん絵を描いていないし、絵を描いているときは自分の絵と向き合っている。アンリ・マティスは『自分の仕事は自分の仕事である』という言葉を残している。自分のなかにアイデアが生まれてそれに導かれるように絵画をつくっていくので、あまり他人のことは考えないんだ」。

 絵画は制度や美術史からの一方的な影響のもとでつくられるわけでも、閉ざされた密室の中でつくられるわけでもない。そして絵画は時代や文化圏を超えて、ふわふわと漂う花粉が受粉して実を結ぶ場でもあると、フリズの作品を通して改めて感じた。

カイカイキキギャラリーの展示風景 Photo by Koichiro Matsui Courtesy of Kaikai Kiki Co., Ltd.