人が溢れる地下鉄のホームで、前方の通行人が突如として踵を返し、列を逆流する瞬間。あるいは目の前で開扉するエレベーターのなかに、人々と空間が織りなす予想だにしない光景が見えたとき。美術作家の川内理香子は、こうした日常の場面に遭遇した際に生じる微細な心の動きを「自分の想像を壊される、恐怖や快楽を伴う瞬間」だと表現する。恵比寿のwaitingroomにて12月19日より開催される個展「back is confidential space. Behind=Elevator」では、日常の小さな綻びによって明らかになる「他者」の存在に着目した新作を発表する。
これまでに川内は、人物、寿司やケーキなどの嗜好品を、ドローイング、ペインティング、針金といった様々な手法によってかたどってきた。「“食べ物を描く人” “人を描く作家”と言われることがある。でも、あくまでその時々の思考や感覚に従っているだけなんです」と川内は述べる。一連の作品のなかには、人物が何かを吐瀉する姿を彷彿とさせる、抽象的な作品も多く含まれている。特定の造形イメージや、鮮やかで適切な色彩を備えた食べ物が、咀嚼や消化によって形状を変え、ときに公衆の面前で事故的にあらわにされること。これらの出来事について、「通常は意識の外にあり忘れている、物事が変化する過程を見せつけられる。だからそのつど驚いてしまいます」と言う。そして、そうした日々の些細な事件がもたらす機微は、支持体の上を儚く流れる線描や、容易に形を変えてしまう針金を用いた繊細な作品などへと転化していく。「人の細胞は、7年の周期ですべてが入れ替わると言われている。自分の表現も、この身体と同じように流動的であってほしいです」。
(『美術手帖』2016年1月号「ART NAVI」より)