土地と環境、 変わらないものづくり
シャルル・ド・ゴールまで羽田から約13時間。目的地のコニャックまで、長旅はいましばらく続く。ボルドーを目指して国内線を乗り継ぎ、さらに車で2時間。初めてのフランスがコニャックだなんて珍しいにちがいない。真っ暗な夜道をひた走ると田舎町の小高い丘を満月が照らし、辺りには延々とブドウ畑が広がっていた。本当にどこまでも、延々と。もう300年も変わらない景色らしい。
ブランデーの最上級酒の名であり、フランス西南部の地域を指す「コニャック」という言葉。17世紀の激しい気候変動と宗教戦争によってヨーロッパ全土が疲弊するなか、この地では農夫が忍耐強くブドウを育て、生活の糧を得てきた。高級酒と呼ばれる酒は、そんな切実で素朴な彼らの営みから始まり、いまでもコニャックの景色と文化を支えている。
テーブルに並ぶのは、チョコレートやドライジンジャーにコンフォート。一口含んだコニャックの味を追いかけるように、小さな洋菓子に手を伸ばす。なんと淑やかな光景だろう。日本では馴染みが薄いが、日々のランチやディナーと合わせて楽しむ様子も、ここでは日常のひとつだ。レミーマルタンがこの地に創業して295年、その由緒の正しさは「日本から何をしに?」という街角での問いに「レミーマルタンに」と答えれば、彼らの表情が物語る。
古くからこの土地に根ざすワイングローワー(ブドウ農家兼ワイン醸造家)を誕生のルーツに、サスティナブルな栽培などでいまも900以上の農家と手を携えるレミーマルタンは、コニャック人にとって地元の酒造メーカーと言うより、家族のような存在だ。
コニャックはこの地域でのみ生産が許され、その熟成には4年〜数十年、100年を超えるものもある。セラーマスターはその間、後継者を指名しながら徹底して技術や哲学を継承していく。だから彼らは、軽はずみに「新しいものづくり」とは口にしない。そんな姿勢は彼らの思慮深さを思わせる。
風のない午後、気球に乗ってコニャックを見渡すと、ブドウ畑や点在する森、未開拓地域をシカやイノシシが駆け回る。線を引くように拓かれた畑は、譜面のように美しい。「手付かずの場所を残して、環境と土壌、風景を守ることも大切な仕事」と気球を操る父さんは言った。まだ実のない冬景色にこそ、そんな背景を私は見ることができたのかもしれない。