• HOME
  • MAGAZINE
  • INSIGHT
  • 法的に「自粛と補償はセット」といえるのか? 弁護士・行政法…
2021.1.10

法的に「自粛と補償はセット」といえるのか? 弁護士・行政法研究者が詳細に解説

新型コロナウイルスの感染拡大以降、2度目となる緊急事態宣言が1月8日に発出され、「不要不急の外出自粛」や主に飲食店を対象とする営業時間短縮などが要請された。今回の宣言においても、飲食店のみならず、文化芸術に携わる者も公演自粛などの経済的損害を被る可能性は大きいだろう。こうした状況で声高に叫ばれる「自粛と補償はセット」について、弁護士・行政法研究者である平裕介が解説する。

文=平裕介

国会議事堂 (C)PhotoAC

はじめに

 政府や自治体による「不急不要」の外出自粛要請や、そのような自粛を呼びかける報道等により、飲食店等のほか、美術・演劇・音楽等、文化芸術活動を行うアーティストや関係者らがイベント中止や規模を縮小しての開催等により大きな損失を受けている。このたび、2度目の緊急事態宣言が発出されたが、その損失はさらに大きなものとなるだろう。

 イベント中止等の損失補償について、政府は、昨年(2020年)の緊急事態宣言前から現在まで一貫して憲法上の損失補償には消極的・否定的な態度を示しており、他方で、恩恵的な協力金等の給付であれば検討してもよいという姿勢を貫いている(*1)。日本学術会議の任命拒否問題では政府を強く批判する研究者も、この問題に関しては「憲法上は補償の必要はありません」とし(*2)、損失補償の問題については政府と同様の立場に立つ。

 ミュージシャンの坂本龍一は、1回目の緊急事態宣言の際、政府が経済的な支援をせず公演を自粛するように求めていることは「ひきょうに感じる」「文化の大切さをどう思っているのかが問われる」と述べた(*3)。また、2回目の緊急事態宣言を前に、飲食店関係者からは「協力金では家賃の半分にもならない。8時閉店では客足も見込めず、どうやって生計を立てればいいのか」(新宿駅周辺で聞かれた中小飲食店(焼鳥店)の声 *4)などの切実な声が上がっている。

 では、【1】このような自粛要請による損失は、法的に、すなわち憲法29条3項に基づき補償されることがないものなのか。あるいは、【2】損害賠償すなわち国家賠償(憲法17条・国家賠償法1条1項)を請求することは一切できないのか。

 「自粛と補償」あるいは「自粛と給付」はセットか?という論点は、多くの文化芸術活動を行うアーティストや関係者、その他の事業者らにとって切実な問題であり、さらに、新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号、以下「新型インフル等特措法」または「法」という。)が改正されると、事業者に対する罰則付き(*5)の「規制」と補償・給付はセットか?ということも問題となる。

 結論からいうと、場合によっては、【1】損失補償あるいは【2】国家賠償が認められる、すなわち、自粛要請、とくに緊急事態宣言下での自粛要請等と補償あるいは給付は、法的に「セット」といえる余地があるのではないか、と筆者は考えている(*6)。

 主な理由を短く述べると、【1】損失補償については、自粛要請が事実上の強制的措置となる場合がありえるといえ、かつ、自粛要請が単なる消極目的規制ではなく、実質的には経済や五輪という政策的・政治的な観点からの積極目的規制の面があるとみるべきであるからであり、【2】国家賠償については、協力金等が不十分であると比例原則に違反することとなるからである。以下、詳細に解説する。

1. 損失補償請求の認否

(1)新型インフル等対策特措法には文化芸術に関する補償規定はない

 新型インフル等特措法62条以下には、損失補償に関する規定(*7)がある。しかし、政府や自治体による「不急不要」の外出自粛要請によって、美術・演劇・音楽等、文化芸術活動を行うアーティストや関係者等がイベント中止等により受けた損失については、これを補償する旨の規定は存在しない(法62条、29条、49条、55条等参照 *8)。

 これまで政府や自治体は、市民に対し、新型インフル等特措法24条9項に基づき施設休業やイベント自粛等の要請をし、あるいは、緊急事態宣言(法32条1項)発出後は、知事から同宣言を前提とする法45条に基づく感染防止のための協力要請を行ってきた。また、これらの新型インフル等特措法に基づく自粛要請のほかに、政府や自治体は、法律に基づかない要請(法24条9項に基づくものですらない要請)がなされてきている。

 では、新型インフル等対策特措法のような法律に補償の規定がない場合、損失補償は一切認められないのだろうか。

(2)憲法29条3項に基づく直接請求が可能

 新型インフル等特措法のような個別の法律に補償の規定がなくても、損失を受けた者は、直接憲法29条3項の規定に基づいて補償を請求できるとする見解(請求権発生説・直接請求権発生説)が現在の通説・判例(*9)だからである。

 なお、政府や自治体による補償・給付措置がなされたとしても、その金額等が不十分な場合にも、同様に憲法に基づく直接請求が可能である(*10)。

(3)「強制なければ補償なし」は「不可欠の前提」なのか

 伝統的な行政法学説においては、(公法上の)損失補償とは、「適法な公権力の行使によって加えられた財産上の特別の犠牲(besonderes Opfer)」に対し、全体的な公平負担の見地からこれを調整するためにする財産的補償をいう」と説明されてきた(*11)。この定義は、今日においても、基本的には広く受け入れられているといえよう(*12)。

 この定義によると、国や公共団体などによる公共目的での財産権取得であっても、いわゆる「任意買収」のように、民法上の契約締結による場合の対価は、上記の損失補償ではないと理解されている(*13)。このようなことから、「不可欠の前提として、営業中止命令のように法的拘束力(強制の要素)がなければ、損失補償の問題にはならない」「営業自粛の要請が行政指導にとどまる限りは、あくまでも従うか否かは事業者の任意であって、事業者が自由意志により要請に従ったという体裁をとる以上は、損失補償の問題にはなりようがない」とする見解がある(*14)。

 しかし、収用権を背景とした用地取得契約のように、形式的には任意買収であっても、実質的には必ずしもそうとはいえないようなケースについては、損失補償に含めて考えることが多いこと(*15)や、国家賠償と損失補償の区別のメルクマールが「適法性」の要件であり(*16)、国や公共団体が行う情報管理行為(情報の公表行為等)や教示・指導も「公権力の行使」(国家賠償法1条1項)ととらえられていること(*17)、さらに、行政機関の「要請」(行政指導)に基づき行政計画を信頼してその政策実現に協力し投資活動等をした者に対し、その信頼利益を金銭的に償うべきとした判例(宜野座村工場誘致事件 *18 等)に関し「損失補償」と構成する見解もあること(*19)、公権力性の要素は必ずしも損失補償概念の常素ではなく、勧告のような行政指導による損失についても損失補償を認めるべきという見解(*20)も有力とされていること(*21)などからすると、前述した「営業自粛の要請が行政指導にとどまる限りは(中略)損失補償の問題にはなりようがない」ということを「不可欠の前提」であると断じることには疑問があるといわなければならない。

 ただし、後述するように(下記(4))、筆者自身は、コロナ関連の自粛要請も、「強制的」な財産権の制限といえ、ゆえに、「営業中止命令」ではないが「強制の要素」を読み取ることができると考えている(*22)。

 政府は、新型インフル等対策特措法を改正し、正当な理由なく休業要請に応じない者に対し、休業「命令」という禁止措置(行政処分)を講じることができるとし、同命令に違反した場合には30万円以下の(緊急事態宣言したでは50万円以下)の「過料」を科すこととするなどの規定を新設するようである(*23)が、筆者としては、このような明白な営業禁止の行政処分が出されていなくても(あるいは、改正法下において同処分が出される前であっても)、すでに営業自粛要請によって「強制的」な財産権の制限がなされる場合があるといえ、ゆえに損失補償が問題となりうると考えている(*24)。

そこで、次に、憲法29条3項の要件を満たすかについて検討する。

(4)「公共のために用いる」といえるか

 憲法29条3項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しており、まず「公共のために用いる」の要件を満たすかを検討する。

 「公共のため」とは、公共事業のためだけではなく、広く社会公共の利益(公益)のためであればよく(*25)、また、「用いる」とは、土地収用の場合など強制的に財産権を収用(すべて剝奪)される場合だけではなく財産権が制限される場合も含むものと解されている(*26)(「強制なければ補償なし」が「不可欠の前提」とまではいえないのではないかという考えについては、前記(3)のとおりである)。

 このたびの自粛要請は、新型コロナウイルスの感染拡大防止(ただし、後述するように、このような消極目的だけが問題となるのではない)という公益のためであるから「公共のため」に当たることは明らかといえる。

 次に「用いる」の方であるが、「財産権が制限」される場合にもあたるかについては、土地所有権が制限されたケースではないが、事実上仕事ができなくなり営業の機会が奪われたことにより収入が減ったなどの経済的損失を被った場合であっても、所有権制限の場合と同程度の制限を受けていることから、「財産権が制限」される場合にあたると考えるべきだろう(*27)。

 さらに、財産権の制限が「強制的」なものか、であるが、確かに、この認定は容易ではない。形式的には市民らが外出を自粛する要請をされただけであり、文化芸術関係者や事業者らが事業・営業等の停止処分を受けるという意味での権力的・強制的な行政処分がなされたわけではないからである(*28)。しかし、例えば、休業等の自粛要請に際してなされる情報(*29)の公表が事業者の行為を事実上強く制限する効果・結果をもたらすようなとき(*30)で、事業者が事業・営業できない状態に追い込まれてしまうような場合には、「強制的」な財産権の制限といえると考えるべきであろう。このような場合には、自粛要請に従わない場合には、事実上、廃業に追い込まれることとなり、要請を事実上強制している面があると考えられるからである(*31)。

 以上より、「公共のために用いる」の要件を満たす場合があるといえるだろう。

(5)特別の犠牲といえるか

ア 損失補償と「特別の犠牲」

 一般的に、損失補償は国家の適法な侵害に対して、公平負担の理念からその損失を補填する制度であるから、その損失が公平に反する場合であることを要する。また、他人の権利への侵害を防止するための公共の福祉のための財産権制約の場合(憲法29条2項)には補償は必要ではないと考えられてきた。

 そのため、損失補償(憲法29条3項)が必要とされるのは、公共の福祉のための財産権制約に当たる場合ではなく、損失が公平に反する場合、すなわち「特別の犠牲」を一部の国民に負わせる場合に限られるというのが一般的な理解である(*32)。

 裁判例(瀬戸内海国立公園不許可補償請求事件)(*33)も、次のように述べ、損失補償が必要なのは「特別の犠牲」といえる場合である旨述べている。

 「公共の福祉のため財産権に対し法律上規制が加えられ、これによりその権利主体が不利益を受けることがあるとしても、それが財産権に内在する社会的制約と認められる程度の制限であれば、これを受忍すべきものであり、補償を求めることは許されないというべきである。したがつて、憲法29条3項により補償を請求できるのは、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合に限られると解される」。

イ 特別の犠牲の判断基準

 このように損失補償の要否については特別の犠牲といえることが必要と解されているが、特別の犠牲といえるかどうかについて、判例・学説上、確固たる判断基準が定立されているというわけではないが(*34)、①侵害行為の特殊性、②侵害行為の強度、③侵害行為の目的、等を総合的に判断して決めるという立場が有力といえよう(*35)。そして、基本的には、②・③が中心となり、①は副次的な基準にとどまり、また、従来の立法・判例をみると、③が重視されているものが少なくない。

ウ 具体的検討

 ①~③を自粛要請の件との関係で検討すると、①確かに規制対象の範囲が広いようにもみえるが、美術・演劇・音楽等、文化芸術活動を行うアーティストや関係者ら、バーやクラブ等の事業者等、特定のカテゴリーに属する者(*37)がとくに重大な損失を被っているとみることもできるだろう。2回目の緊急事態宣言が決定した前日の2021年1月6日に帝国データバンクが発表した2020年の飲食店倒産(負債1千万円以上、法的整理)は、過去最多の780件となった(*38)。このような事実等に照らしてみても、社会全体が等しく制約を被っているわけではなく、侵害行為の特殊性があるものといえよう。

 また、②先に述べたとおり、営業停止処分等がなされていない場合であっても、自粛要請に際してなされる情報の公表が事業者の行為を事実上強く制限する効果・結果をもたらすような場合には、侵害行為の強度は強いものと考えられる。例えば、関西のライブハウスと契約をして音響を担当するフリーランスの男性(38)は、大阪のライブハウスでの集団感染で自分の契約しているところのライブがキャンセルになったと報道されている(*39)。このようなことから、収入が激減し、生活が成り立たなくなる者も出てくる可能性がある(あるいはそのような方がすでに出ている)(*40)。このような場合には侵害行為の強度はかなり強いといえるだろう。また、後述するように、コロナ禍に伴う自粛要請が要因となり、店主が焼身自殺をした可能性が高い飲食店の事案もみられるほどであり、経済的損失だけではなく、精神的な苦痛の大きさの点(*41)も無視すべきではなかろう。さらに、自粛要請に際して、いわゆる「自粛警察」と称される人々の行動がみられ(誹謗中傷等もなされている)、法制度が私人の同調圧力に依存する面があるといえること(*42)や、コロナ対策がウイルス等に関する科学的知見の不十分さから想定地を超えた事態の発生を想定して予防原則(予防アプローチ)の見地からなされる(場合がある)ものといえること(*43)にも照らすと、休業禁止命令(2回目の緊急事態宣言後の法改正で新設される予定の行政処分)ではなく自粛要請にとどまる措置であっても、特に事業者名等が「公表」(法45条4項)されたときには、侵害行為の強度は相当強いといえる場合があるだろう(*44)。

 最後に、③侵害行為の目的についてであるが、この点については、国民の生命、健康への危害を防止し、公共の安全を維持する警察目的(消極目的)の規制は、財産権に内在する制約として受忍すべきであるが、公益を増進するための積極目的の規制は、内在的制約とはいえず、特別の犠牲として補償を要するとの考え方が有力であり(*45)、この考え方と整合する判例も少なくない(*46)。また、消極目的の規制であっても、例えば、手当金を交付する規定(家畜伝染病予防法58条)がある(*47)が、これは政策上の補償であって、憲法上要請されているものではない(*48)ものと解されていることから、このような法令の規定やその関連判例を根拠に損失補償を要するものと解することもできないと考えられる。これらのことからすると、規制目的の点は補償を請求する側にとっては不利な判断要素となるものとみられ、主にこの点を捉えて、少なくない憲法学者及び行政法学者が、自粛要請(あるいは休業命令の場合であっても)には損失補償は不要である旨論じているのである(*49)。

 しかし、冒頭で指摘したとおり、③侵害行為の目的を消極目的のみとみるのは、非常に表面的な見方であり、規制がなされた「点」だけをみるものであるともいえよう。ここで想起されなければならないのは、2020年4月30日、東京都練馬区のとんかつ屋で店主の男性(54)が全身やけどで亡くなった事例である(焼身自殺の可能性が高いといえよう)。東京オリンピック2020の聖火ランナーにも選ばれていたその男性は、コロナ禍・新型コロナウイルス感染拡大の影響で、店が営業縮小に追い込まれ、先行きを悲観する言葉を周囲に漏らしていたという。

 この店だけではなく、多くの事業者が政府や自治体の「自粛」要請等により損失を受けているといえるが、この事例は、上記の②侵害行為の強度が強いものであることを裏付ける出来事のひとつというにとどまるものではない。この事例は、③侵害行為の目的について、今回のコロナ禍に伴う権利制限の目的が、消極(警察)目的だけではないことを世間に広く知らしめたものともいえよう。すでに中国でのコロナ感染拡大が大々的に報じられている時期に、日本の総理大臣が「多くの中国の皆さまが訪日されることを楽しみにしています」などと2020年1月下旬まで情報発信をして春節旅行を呼びかけ、さらに日本国内でウイルスの感染が拡大しウィルスが蔓延するなか、五輪開催延期の決断が同年3月24日という遅い時期になったことは、「国民経済」(新型インフル等対策特措法1条、45条)への影響を考慮するという目的もあったからにほかならない。

 つまり、消極目的だけではなく、国民経済への影響への配慮や五輪開催への可能性の考慮という政策的・政治的判断から1回目及び2回目の緊急事態宣言等の対処が遅れ(遅らせるという裁量判断をし)(*50)、「後手後手」の対応となった結果、国内のウイルス対策に失敗して感染が拡大し(あるいは感染者数が減少する時期が遅くなり)、その結果、一部の事業者に負担がのしかかった(現時点でもそれが続いている)面があるのである(*51)。このようなことも考慮すれば、消極目的のみならず積極目的も併存する権利制限ともいえるだろう(このように考えると、より「特別の犠牲」に当たりやすくなるといえよう)。消極目的(消極的目的)による財産権制限の具体例として、汚染された食品の廃棄、火災家屋の破壊消防、消防法上の危険物規制、建築基準法による建築規制などが挙げられ、積極目的(積極的目的)による財産権制限の具体例としては、産業・交通その他公益事業の進展などが挙げられる(*52)が、五輪や経済に配慮した緊急事態宣言等に係る裁量判断に関連する自粛要請等には、産業・その他公益事業の進展のための制限という面もあり、汚染された食品の廃棄、ため池の堤とうの耕作禁止の事案(*53)のような典型的な消極目的規制とは事案類型(*54)が異なるというべきである。

 以上より、③の消極目的規制の点をとくに重視すると、特別の犠牲に当たるとはいえないという考え方もあるだろうが(*55)、③の積極目的の面も考慮すると、損失が著しいといえる場合(②)等には、特別の犠牲に当たると考える余地もあるだろう(*56)。 

2. 国家賠償請求の認否

(1)国家賠償請求を検討する必要性

 このように、政府や自治体に損失補償請求をする場合には、「特別の犠牲」等のハードルを越える必要があり、損失補償が認められる(裁判で請求が認容される)ことは簡単なことではなかろう(*57)。

そこで、次に、市民・事業者側が、損失補償を求めていくだけではなく、政府や自治体による情報提供ないし政府広報、公表行為等によって損害を被ったとして、併せて国家賠償法に基づく賠償請求をすることについて検討する(憲法17条、国家賠償法1条1項)。

(2)とくに問題となる要件(違法性)と裁判例の判断基準

 国家賠償については、憲法17条が「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」と規定し、これを受けて、国家賠償法が制定された。

 国家賠償法1条1項は「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定している。

 このうち、自粛要請に際しての政府や自治体の情報提供行為・公表行為との関係で問題となる特に要件は、「違法」性の要件である(*58)。

 行政法学における公表には、①情報提供としての公表、②制裁としての公表、③実効性確保のための公表の3種類のものがあるといえる(*59)。自粛要請に際しての政府や自治体の情報の公表も、①情報提供としての公表に当たるものといえる(ただし、法45条4項に定める「公表」は②制裁としての公表(制裁的公表)とみる余地があろう)。

 そして、①の公表行為の違法性(国家賠償法1条1項)等が問題となった裁判例として、大阪O-157集団食中毒損害賠償事件(*60)を挙げることができる。本件は、大腸菌O-157による集団食中毒の原因食材として、特定の業者から出荷されたカイワレ大根の可能性が否定できないという公表(*61)についての国家賠償法上の違法性が問われたケースである。

 本判決は、主権国家が生命や身体の安全に対する侵害及びその危険から国民を守ることも国民に負託された任務の一つであることなどに照らし、公表行為の意義を認めつつも、次のとおり述べ、違法(国賠法1条1項)となる場合についての基準を示した。

 「本件各報告の公表は、なんらの制限を受けないものでもなく、〔①〕目的、〔②〕方法、〔③〕生じた結果の諸点から、是認できるものであることを要し、これにより生じた不利益につき、注意義務に違反するところがあれば、国家賠償法1条1項に基づく責任が生じることは、避けられない。」(太字強調・①~③は引用者)

 このように、本判決は、公表の違法性の判断基準(一般論)として、公表行為の①目的、②方法、③生じた結果から、国家賠償法1条1項の違法性が認められる場合があると判示した。

 本判決については、「結果責任を認めるものではないかとの疑問もある」との指摘ないし批判もある(*62)が、本判決の判断基準につき、宇賀克也東京大学名誉教授(現在、最高裁判事)は、次のように積極的あるいは好意的に評価している。

 「『生じた結果の諸点』という表現からは、結果の重大性を念頭に置いているとも読みうる。かつては、行政機関による公表についても、私人間の名誉毀損に係る不法行為の成立要件をそのまま当てはめようとする裁判例が主流であったが、私人間の名誉毀損に係る不法行為の成立要件は、表現の自由と名誉権の調整を図るものであるのに対し、行政主体は表現の自由の享有主体ではなく、また、国民(住民)に対する説明責任を負う主体であるから、私人間の名誉毀損に係る不法行為の成立要件とは異なる基準で違法性が判断されるべきことは、かねてより少なからぬ学説の指摘するところであった。本件判決において,この学説の立場が支持されたとみることができると思われる。」(下線及び太字による強調は引用者)(*63)

 そして、本判決は、このような判断基準に照らし、公表行為の違法性を認め(逆に一審は否定)、国の賠償責任を肯定したのである。

(3)具体的検討

 以上の判断基準を自粛要請に際しての情報の公表との関係で検討すると、公表行為の①目的は新型コロナウイルスの感染拡大に防止し、市民(住民)の生命及び健康(憲法13条後段参照)を保護・維持するなどの点にあると考えられる(*64)ため、公表目的の適切性はある(新型インフルエンザ等対策特措法の法律の目的(同法1条)と整合する)(*65)といえる。

 しかし、公表行為の②方法については、問題がある。公表行為の方法は、公表行為の必要性・緊急性、合理性、公表の態様により判定すべきものと考えられる(*66)。

 まず、必要・緊急性であるが、緊急事態宣言(法32条1項)が出る前と後とでは、同宣言が出た後の方が、必要性・緊急性は高いといえる。

 次に合理性の点であるが、例えば、2020年3月30日の時点でバーやナイトクラブなど接客を伴う飲食店で感染したと疑われる者が東京都内で38人確認されたということ(*67)につき、同日時点における東京都の残りの感染者約400人(*68)がそのような者と確認されているわけではなく、別の感染ルート(例えば混雑した電車内やオフィス、換気の悪い店舗等でマスクをしていない人が話したりくしゃみをしたりするなどして近くの人が感染した可能性等)も疑われることから、バーやナイトクラブなどだけを取り上げ、これらの店に行くことだけを特に強調して「自粛」を呼びかけるのは、合理性を欠く疑いがあるものといえる。

 さらに、公表の態様であるが、広く広報をする必要や、政府・自治体の意図をある程度明確に伝えることは適当ではある。しかし、例えば、知事が、緊急事態宣言がまだ発出されていない、あるいは解除後の時点(同宣言を前提とする法45条に基づく感染防止のための協力要請をすることはできないとき)において、あえて、法45条に基づく協力要請と殆ど同程度の効果を有するような緊急会見を度々開き、事業者の利益に十分に配慮したとはいえないような(例えば、現段階では、あくまで新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づかない要請である旨のコメントを付言することなどの配慮を行わないような)態様での公表行為を行った場合には、問題があるだろう。

 最後に、③生じた結果については、前記1-(5)-ウでも述べたとおり、すでに著しい被害・損失が生じているという結果が生じている。公表行為は、今日のICT社会においては情報が瞬時に拡散されること(*69)にも照らし、様々な利益・公益に鑑み行う必要があるものというべきであろう。ちなみに、一定の事業者にとってネガティブな感染拡大等に係る政府広報が連日のようになされた場合等には、そのことに関連する報道がやはり連日のように大量に繰り返しなされ(*70)、それが事業者の被害をさらに大きなものにするという結果も見逃せない。

 以上より、国家賠償法上の違法性が認められる余地はあるだろう。なお、2021年1月7日の政令改正により、法45条2項の要請(法45条3項の指示)の対象施設に居酒屋を含む飲食店が追加された(法施行令(平成25年政令122号)11条1項14号)。営業時間短縮等の要請がなされるとともに、今後、知事が記者会見で、飲食を伴う外出を控えてほしいなどという機会が増えるだろうが、呼びかけの対象が「夜の街」から変わった(あるいは加わった)ということである。

3. 新型インフル等特措法改正案(休業命令等の導入)に関する検討

 法定外の自粛要請、法定の要請(法24条9項、45条2項)、指示(法45条3項)については、以上に述べたとおりであるが、最後に、新型インフル等特措法が改正された場合の改正案の内容について若干の検討を試みたい。すなわち、法改正により、場合によっては、要請・指示に加え、罰則(過料)(*71)付きの休業命令(行政処分)が出すことができることとする規定を設けた場合、その規定や行政処分が違憲・違法となるか、国賠法上の違法(同法1条1項)についてである(法改正案と損失補償の要否については、前記1-(3)で検討したとおりである)。

 この点については、例えば、協力金や調整金等が支払われない(または少額・不十分な金額しか支払われない場合(*72))には、改正法の関係規定あるいはそれに基づく休業命令が比例原則に違反し、違憲(財産権や営業の自由の侵害、憲法29条2項違反・22条1項違反))・違法(法45条や新設規定の条項等に係る違法事由あり)となるように思われる(*73)。

 次に、国家賠償法1条1項の「違法」性は、普通は、立法行為あるいは個々の行政処分につき、職務上の法的義務違背まで認められなければならないことから(職務行為基準説)(*74)、国賠法上の違法が肯定される場合はかなり限られるだろうが、認められる余地がないとまではいえないだろう。

むすびにかえて──「ゆるふわ職業差別」の容認・助長を防ぐためにできることは何か

 これまで述べたとおり、損失補償は不要だが、協力金・調整金等がなければ国家賠償は認められる場合があるという立場があるが、このような立場の問題点は、国家による実質的な職業差別につながることにあるように思われる。

 損失補償は「実損」の補償である(*75)のに対し、協力金・調整金は実損に満たないものである。そのため、自粛要請の対象者や内容、緊急事態宣言等の時期・タイミング(例えば、五輪等の政治的政策的事情や経済(GoToトラベル等)優先という政策的判断に照らし緊急事態宣言発出が遅くなり、その結果、飲食店や居酒屋の事業者等々が回復しがたい被害を受けるなど)、協力金・調整金等の対象者や内容等によって、政府が救済しようとする職業(業界)と殆ど救済されない職業(業界)とが出てくることになる(実際もすでにそうなっているかもしれない)。

 そうすると、政府(自治体を含む)による規制行政と合わさった給付行政に係るさじ加減(裁量判断の内容)次第では、特定の職業(業界)が差別されることになる危険が生じる。政府は、持続化給付金や家賃支援給付金を特定の事業者には(適法に事業を行い納税している事業にも)には支払われないこととしたが、これも同種の職業差別(憲法14条1項違反、行政契約の締結に関する裁量権の逸脱濫用)といえよう(*76)。給付措置を介するものであるため、一見差別されていることが分かりにくく、「ゆるふわ差別」あるいは「ゆるふわ職業差別」とでも称するべきだろう(*77)(事業者を倒産等に追い込むことにもつながるものであるため、「ゆるふわ」は不適当かもしれないが)。

 文化芸術活動を行うアーティストや関係者、事業者らも、特に1回目の緊急事態宣言の際(前後)には、度重なる自粛要請によるイベント中止等により、多くの損失を被った。十分な補償がなければ、私たちの国の文化芸術の灯はやがて消えてしまうだろう。

 憲法上の損失補償を不要としつつ、「最後のセーフティーネットは生活保護」だと割り切ること(*78)は事実上、「ゆるふわ職業差別」を放置・容認・助長しかねない考え方であるようにも思われる。職業は、「個人の人格的価値」と「不可分の関連を有するもの」(*79)のはずであるが、「ゆるふわ職業差別」が蔓延する国家では、「人が自己への職業への誇りを持つ」(*80)ことは難しいだろう(*81)。

 では、文化芸術の灯を消さないようにするために、「ゆるふわ職業差別」に抗するために、私たちにできることは何か。

 ひとつは、実際に声を上げることである。「萎縮」することなく、表現の自由(憲法21条1項)や請願権(憲法16条 *82)を行使することであり、それはもちろんウェブやSNSであってもよい(*83)。カタストロフ的な状況ともいえる今こそ、基本的人権を自覚的に行使するという「現在」(憲法11条後段)の個々人の「不断の努力」(憲法12条前段)が、基本的人権とその価値を「将来」(憲法11条後段)の市民に引き継いでいくための極めて重要な立憲主義的営為であるものと強く認識されるべき時だといわなければならないだろう。

 もうひとつは、慎重に検討をしたうえで、上記のような損失補償や国家損害等を求める訴訟を起こし(*85)、司法の場でも問題を提起することである(*86)。政府や自治体に理不尽を強いられたと考える場合等には、「裁判を受ける権利」(憲法32条)を行使し、政府等の対応を訴訟等によって争うことが必要となる。

 国家権力による十分な補償なき自粛要請等から(*87)文化芸術表現の自由や事業者の職業の自由等を守り、自由を将来の世代に引き継ぐとともに、表現の「萎縮」が「ウイルス」のように「連鎖」し「蔓延」することを止めるためには、芸術家や市民、事業者らが私たちの人権・憲法上の自由を現実に行使し、かつ、裁判によって人権を守り抜こうとすることが不可欠なのである(*88)。

*1──政府は、2020年3月28日の安倍首相(当時)記者会見で、イベント中止の損失を補償することは難しい旨述べており(2020年3月29日朝日新聞朝刊3面参照)、また、同年4月1日の参議院決算委員会で、自粛要請によって影響を受けているバーやクラブについて、個別に損失を補償することは難しいとの認識を示している(2020年4月1日朝日新聞夕刊1面)。また、2回目の緊急事態宣言においても、知事による午後8時までの時短営業要請に応じた店舗に対しては、1店舗あたり1日最大6万円の「協力金」を交付するとしている(2021年4月1日日日本経済新聞朝刊1面)
*2──長谷部恭男=杉田敦「コロナ対策、『罰則』と『自由』と」2020年7月26日朝日新聞朝刊2面〔長谷部恭男〕。
*3──2020年3月29日朝日新聞朝刊29面。
*4──2021年1月7日日本経済新聞朝刊3面。
*5──この「罰則」に関し、政府は、刑罰とは異なる(前科にはならない)「過料」を科すこととするなどの規定を新設するようである(2021年1月7日毎日新聞朝刊1面参照)。なお、この「過料」の法的性質は、おそらく行政罰のうちの秩序罰としての過料だと考えられるが、執行罰(その例として砂防法36条に定める過料が挙げられる)の可能性もゼロではなかろう(執筆時点である2021年1月7日段階では筆者が調査した限りではあるが、どちらかは不明である)。
*6──筆者は、行政法(公法)を研究する実務家法曹であることに加え、事業者の文化芸術活動への助成に関する訴訟や、コロナ禍関連の行政訴訟・憲法訴訟(最近報道されたものとして、①映画『宮本から君へ』助成金不交付決定取消訴訟、②性風俗事業者への持続化給付金等請求訴訟)の訴訟代理人を担当していることなどから、1回目(2020年4月)の緊急事態宣言よりも前から、自粛(規制)と補償・給付の問題について関心を持っていた(平裕介「憲法に基づく損失補償も必要に」北海道新聞2020年5月15日朝刊5面等参照)。なお、①の訴訟に関する記事として、石飛徳樹=小峰健二「映画の助成不交付 提訴へ 制作会社『公益性理由は違法』」朝日新聞2019年12月8日朝刊31面、前野祐一「『宮本から君へ』助成金不交付問題、裁判へ」キネマ旬報1835号(2020年)122頁)等、②の訴訟に関する記事として、新屋絵里=宮野拓也「『性風俗除外は違憲』国を提訴 業者、コロナ給付金巡り」朝日新聞2020年9月24日朝刊32面等参照。
*7──なお、同法62条1項は「損失を補償」と規定し、同法63条1項は「損害を補償」と規定するが、被害対象(被害法益)が異なる(前者は財産的損失、後者は声明・身体・健康)からである。西埜章『損失補償法コンメンタール』(勁草書房、2018年)(以下「西埜・損失補償法コンメ」)36頁参照。
*8──法62条1項に定める損失補償の対象に、法24条9項の要請や法45条の要請・指示は含まれていない。
*9──芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法 第七版』(岩波書店、2019年)(以下「芦部・憲法」という)248頁、塩野宏『行政法Ⅱ[第六版] 行政救済法』(有斐閣、2019年)(以下「塩野・行政法Ⅱ」という)383~384頁、宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法〔第6版〕』(有斐閣、2018年)(以下「宇賀・概説Ⅱ」という)503頁、西埜・損失補償法コンメ55頁参照。判例(最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁・河川附近地制限令事件(名取川事件))は、刑事事件の傍論ではあるが、憲法29条3項に基づき、直接損失補償を請求する余地があることを認めている。なお、憲法上補償が必要であるであるのに特別の犠牲を課す法律に補償規定がない場合には当該規定は違憲無効であるとする違憲無効説がかつては有力であった(宇賀・概説Ⅱ503頁)が,(直接)請求権発生説が通説・判例となっている現在においては,違憲無効説を主張することの意義は薄いのではないか(西埜・損失補償法コンメ55頁)と考えられる。
*10──なお、憲法29条3項から直接発生する損失補償請求権を裁判上実現するには、実質的当事者訴訟としての給付訴訟を提起することになる(塩野・行政法Ⅱ391頁)。
*11──田中二郎『新版 行政法 上巻 全訂第2版』(弘文堂、1974年)211頁。
*12──藤田宙靖『新版 行政法総論(下)』(青林書院、2020年)(以下「藤田・新版下」という)263頁参照。宇賀・概説Ⅱ500頁も、「損失補償の概念」につき、「必ずしもコンセンサスが存在するわけではない」としつつ、「最大公約数的理解は,適法な公権力の行使により,財産権が侵害され,特別の犠牲が生じた者に対して,公平の見地から全体の負担において金銭で補填するというもの」であると説明する。
*13──藤田・新版下263頁。
*14──板垣勝彦「新型コロナウイルス雑感――自粛要請、休業と補償、都市封鎖――」横浜法学29巻1号185頁(192~193頁)。なお、小山剛「自粛・補償・公表――インフォーマルな規制方法」判例時報2460号145頁(146頁)も、「仮に特措法を改正して強制力のある休業命令を定めたなら、これに対する補償は必要となるのだろうか」などとしていることから、自粛「要請」については、強制力のない手段であって損失補償が問題とならないものと考えているように思われる。
*15──宇賀・概説Ⅱ501頁。
*16──宇賀・概説Ⅱ500頁参照。
*17──情報管理行為(情報の公表行為等)につき、宇賀克也=小幡純子編著『条解 国家賠償法』(弘文堂、2019年)(以下「宇賀=小幡・条解国賠法」という」)67頁〔大橋洋一〕、教示・指導につき、最三小判平成22年4月20日集民234号63頁、宇賀・概説Ⅱ417頁。
*18──最三小判昭和56年1月27日民集35巻1号35頁。行政機関(行政庁)の「要請」を行政指導とみることにつき、橋本博之『行政判例ノート〔第4版〕』(弘文堂、2020年)16~17頁(17頁)。
*19──原田尚彦『行政法要論(全訂第7版補訂二版)』(学陽書房、2012年)131~132頁。
*20──芝池『行政法読本〔第4版〕』(有斐閣、2016年)428~429頁、西埜・損失補償法コンメ17頁、29~30頁。
*21──西埜・損失補償法コンメ17頁。
*22──板垣・前掲「新型コロナウイルス雑感」193頁も、「ただし、今回の場合は、事業者の自由意思とはいっても、かなり抑えつけられた自由意思ではある。この点をとらえて、強制があったと立論することも不可能ではない。」としている。
*23──2021年1月7日毎日新聞朝刊1面参照。
*24──営業禁止(営業中止命令)と損失補償(の要否)については、板垣・前掲「新型コロナウイルス雑感」193~195頁、小山・前掲「自粛・補償・公表」146頁を参照されたい。なお、コロナ禍が「戦争」に例えられることがあるが、法的には、戦争損害と同視すべきではなかろう(板垣・前掲「新型コロナウイルス雑感」195頁も「戦争損害と同視することは困難である」とする。この点につき、小山・前掲「自粛・補償・公表」146頁は「休業命令の対象がほとんどの業種に及ぶ場合には、戦争犠牲ないし戦争損害と同じく(中略)補償を要しないと解されることとになろう」とするが、例えば、公務員や大学の教職員等は、緊急事態宣言が発出されるなどしても、オンラインでの職務・業務を行うなどの変化はあっても、給与が支払われなくなるということは普通はないのに対し、飲食店等を経営する事業者等は廃業せざるえない状況に追い込まれる場合があることからすると、戦争犠牲ないし戦争損害と同じという想定は観念的なものにすぎず、具体的に考えるとおよそ想定できない場合ではないかと思われる。)。
*25──芦部・憲法247頁参照。なお、「公共のために」ならない、すなわち公益ないし社会全体の利益に役立たない財産権制約は違憲となる(長谷部恭男『憲法講話―24の入門講義』(有斐閣、2020年)155頁参照)。
*26──芦部・憲法247頁参照。松井茂記『LAW IN CONTEXT 憲法 法律問題を読み解く35の事例』(有斐閣、2010年)(以下「松井・LAW IN CONTEXT 憲法」という)178~179頁も、憲法29条3項は「典型的には土地収用のように土地所有権それ自体を公共のために剝奪された場合に、正当な補償の支払いを命じたものである。(中略)しかし、29条3項の規定は、土地利用制限のように、土地所有権をすべて剝奪されたわけではないが、所有権を制限された場合にも適用されると考えられる。」とする。
*27──松井・LAW IN CONTEXT 憲法179頁参照。この点に関し、小山・前掲「自粛・補償・公表」146頁は、「感染対策による休業命令」につき、「その財産を『公〔ママ〕のために用いる』(憲法29条3項)ものではない。(中略)休業命令は、単なる禁止であり、その設備等を用いるものではないため、そもそも憲法29条3項の意味の損失補償の対象とはならないと解することもできる。」とする。しかし、休業の禁止ないし自粛要請であっても、事実上営業の機会が奪われたことにより損失を被った場合であっても、所有権制限の場合と同程度の制限を受けていることから「用いる」の趣旨は妥当し、ゆえに「用いる」の要件を満たすのはないかと考えられよう。
*28──松井・LAW IN CONTEXT 憲法179頁の事例も、「停留措置及び強制的入院によって仕事ができず、収入が減ってしまったことに対する損失補償」を求めるものである。
*29──本稿では、「情報」とは記号、符号、文字などを使って表現された文章(一般にはデータとよばれる)が持っている意味や内容のことを意味するものとする。藤原靜雄「情報と行政法」法学教室432号(2016年)8頁参照。
*30──山本隆司「事故・インシデント情報の収集・分析・公表に関する行政法上の問題(下)」ジュリスト1311号(2006年)183~184頁参照。なお,大塚直「未然防時原則,予防原則・予防的アプローチ(5)―今後の課題(1)」法学教室289号(2004年)107頁注8)は、国民への情報提供としての公表行為の違法性等が争われた大阪O-157集団食中毒損害賠償事件(東京高判平成15年5月21日判例時報1835号77頁。詳しくは「2 国家賠償請求の認否」のところで説明する。)に関して「憲法29条3項に基づく損失補償の認められる余地はあろう。」とする。
*31──行政指導の任意性要件につき、教育施設負担金の納付を「事実上強制しようとしたものということができる」とし、「行政指導の限界を超えるものであり、違法な公権力の行使である」とした、武蔵野市教育施設負担金事件(最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁)等参照。
*32──塩野・行政法Ⅱ385頁,松井・LAW IN CONTEXT 憲法179頁,芦部・憲法247頁参照。
*33──東京地判昭和57年5月31日行集33巻5号1138頁。
*34──西埜・損失補償法コンメ88頁参照。
*35──宇賀・概説Ⅱ505頁等参照。
*36──宇賀・概説Ⅱ505頁参照。
*37──渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法1 人権〔第7版〕』(有斐閣、2019年)110頁〔赤坂〕参照。
*38──2021年1月7日朝日新聞朝刊6面参照。
*39──2020年3月29日朝日新聞朝刊1面。
*40──2020年3月29日朝日新聞朝刊7面参照。
*41──なお、精神的苦痛の補償(損失補償)の要否(必要となる可能性)につき、西埜・損失補償法コンメ169~170頁参照。
*42──井上達夫「コロナ・ラプソディー――パンデミックが暴く『無責任の本質』」法と哲学6号(2020年)38~39頁、小山・前掲「自粛・補償・公表」146頁参照。
*43──危機管理とリスク管理の違いにつき、井上・前掲「コロナ・ラプソディー」28~29頁等、予防原則・予防アプローチと未然防止原則との違いなどにつき、大塚直『環境法〈第4版〉』(有斐閣、2020年)55~64頁、北村喜宣『環境法〔第5版〕』70~82頁、予防原則と憲法との関係、予防原則に照らした法規制が市民の権利自由に対する負担感が大きいものとなりうることなどに関し、松本和彦「公法解釈における諸原理・原則の対抗――憲法学から見た比例原則・予防原則・平等原則」公法研究81号(2019年)60頁(68~69頁、71~73頁)等参照。
*44──高畑英一郎「新型コロナウイルス禍における危機管理と憲法」松嶋隆弘ほか編著『事業者のためのパンデミックへの法的対応~コロナ禍で生き残る法律知識のすべて~』(ぎょうせい、2020年)15頁(28頁)も、「公表」(法45条4項)がなされた場合には、地方公共団体による制裁的公表にもなったことから、事実上の強制力があるといえ、財産権を制限する行為の「強度」が強いといえる旨論じる。
*45──宇賀・概説Ⅱ506頁。
*46──最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号59頁・地下ガソリンタンク移設事件、最大判昭和38年6月26日刑集17巻5号521頁・奈良県ため池条例事件等。
*47──その他の法令の規定につき、西埜・損失補償法コンメ20頁。
*48──西埜・損失補償法コンメ19頁以下、983頁以下参照。
*49──長谷部=杉田・前掲「コロナ対策、『罰則』と『自由』と」〔長谷部恭男〕、高畑・前掲「新型コロナウイルス禍における危機管理と憲法」28頁、磯部哲「コロナの春」法律時報92巻5号(2020年)1頁(3頁)。ただし、これらの論考等とは異なり、板垣・前掲「新型コロナウイルス雑感」194~195頁は、感染症対策に関し、「損失補償の支払いが正当化」される可能性につき論じている。
*50──大林啓吾「感染症リスクと憲法――新型コロナウイルス流行を素材として」小山剛=新井誠=横大道聡『日常のなかの〈自由と安全〉――生活安全をめぐる法・政策・実務』(弘文堂、2020年)410頁(425頁)は、「たとえば、パンデミックが起き、直ちに緊急事態的措置を行わなければならないことが明らかであるにもかかわらず、経済的影響を優先するあまり、緊急事態宣言が出されず、その結果ますます感染が拡大してしまうようなケース」について言及する。なお、緊急事態宣言を発出するタイミングについては、政策的・政治的な、一定のあるいは広範な時(タイミング)の裁量(行政裁量)があるといえよう。
*51──政府は、2回目の緊急事態宣言に際して、11か国・地域からビジネス関係者等の入国を受け入れている仕組みにつき、「継続」することを決めた。入国継続について、菅首相に「強い思いがある」とのことのようである(2021年1月8日朝日新聞朝刊4面)。このような首相の固い意向は、ビジネス(経済)への配慮というものだけではなく、その背景に2021年五輪開催という意図があるようにもみえる。コロナ感染が急激に拡大する中、ビジネス入国継続という政策的かつ政治的判断を行ったことは、安倍首相(当時)が「多くの中国の皆さまが訪日されることを楽しみにしています」などと情報発信をし春節旅行を呼びかけた行為と重なるように感じられる。1日「約500人」を下回ることが2回目の緊急事態宣言解除の目安の1つとしたこと(2021年1月8日朝日新聞朝刊1面)にも、経済への配慮という面だけではなく、同宣言が長期間続くと五輪開催が危うくなるからという面が見え隠れするように思われる。
*52──大橋洋一『行政法Ⅱ 現代行政救済論[第3版]』(有斐閣、2018年)471頁参照。
*53──奈良県ため池条例事件(最大判昭和38年6月26日刑集17巻5号521頁)。
*54──蟻川恒正「不起立訴訟と憲法一二条」公法研究77号(2015年)97頁(98頁)参照。
*55──北村和生「演習」法学教室347号(2009年)112~113頁(113頁)は、情報の公表行為につき、「実際には、『特別な犠牲』にあたるかといった損失補償の要件を充足する可能性は低く、個別の立法がない限りは損失補償による救済も困難と言えるであろう」とする。
*56──松井・LAW IN CONTEXT 憲法179頁、大塚・前掲注(13)107頁注8)参照。なお、損失補償が必要であるとして、ほかにも、(A)損失補償(「正当な補償」)の内容、(B)損失補償の時期等の問題(論点)があるが、本稿では検討対象とはしなかった。(A)については、芦部・憲法249頁以下、塩野・行政法Ⅱ391頁以下、宇賀・概説Ⅱ516頁以下、西埜・損失補償法コンメ97頁以下を、(B)については、宇賀・概説Ⅱ531頁以下、西埜・損失補償法コンメ199頁以下をそれぞれ参照されたい。なお、(A)につき、財産権の制限に対する補償は、財産権の制限に伴い「通常生ずる損失」(通損)の完全な補償でなければならないものと解される(西埜・損失補償法コンメ141頁参照)が、この通損の範囲をどのように確定すべきかは簡単な問題ではない(山本・前掲「事故・インシデント情報の収集・分析・公表に関する行政法上の問題(下)」184頁参照)。
*57──ちなみに、前掲大阪O-157集団食中毒損害賠償事件では、控訴審段階から、憲法29条3項に基づく損失補償請求の主張が追加されたが、結局、不適法却下となっており、この主張についての実体判断はなされていない。宇賀克也「行政による食品安全に関する情報提供と国の責任―東京高裁平成15年5月21日判決」同『情報公開・オープンデータ・公文書管理』(有斐閣、2019年)345頁(初出は宇賀克也「判批」(本判決解説)廣瀬久和=河上正二編『消費者法判例百選』(有斐閣、2010年)174~175頁(175頁))参照。
*58──「損害」要件(や相当因果関係要件(「によつて」))も問題となるが、本稿では検討対象とはしなかった。同要件については、政府の情報提供行為に関する前掲大阪O-157集団食中毒損害賠償事件の争点(3)に対する判断(判例時報1835頁87頁以下)、宇賀=小幡・条解国賠法145頁〔原田大樹〕、西埜章『国家賠償法コンメンタール 第2版』(勁草書房、2014年)661頁以下を参照されたい。また、「過失」要件も一応問題になるが、例えば、政府の情報提供行為に関する前掲大阪O-157集団食中毒損害賠償事件では、違法性が認められば過失も認められる関係にあるものと判断されたと考えられることから、両要件は実質的には一元的に判断される(なお、違法性要件から判断される場合が多いといえよう)。なお、「公権力の行使」の要件も一応問題になりうるだろうが、国や公共団体が行う情報管理行為(情報の公表行為等)も公権力の行使と捉えられている(宇賀=小幡・条解国賠法67頁〔大橋洋一〕)ため、同要件を満たすものといえる。その他の要件については、塩野・行政法Ⅱ320頁以下、宇賀・概説Ⅱ418頁以下を参照されたい。
*59──芝池義一『行政法読本〔第4版〕』(有斐閣、平成28年)156頁。なお、中原茂樹『基本行政法[第3版]』(日本評論社、2018年)(以下「中原・基本行政法」という)47頁は、「公表については、①情報提供による国民の保護を主目的とするものと、②行政上の義務違反に対する制裁を主目的とするものとを区別する必要がある」とする。
*60──東京高判平成15年5月21日判例時報1835号77頁。
*61──中原・基本行政法47頁。
*62──村上裕章「集団食中毒の発生と情報提供のあり方―O-157東京訴訟控訴審判決を契機として」ジュリスト1258号(2003年)115頁。
*63──宇賀・前掲「行政による食品安全に関する情報提供と国の責任」345頁。また、大阪O-157集団食中毒損害賠償事件判決を比例原則の適用と読む可能性との関係については、土井翼「O-157集団食中毒原因公表事件」法学教室468号(2019年)13頁以下。なお、本判決(東京高判平成15年5月21日)は、政府広報についての事案ではあるが、政府の言論の法理(蟻川恒正「政府の言論の法理」駒村圭吾=鈴木秀美編『表現の自由 Ⅰ―状況へ』(尚学社、2011年)417頁(437~438頁))によって政府の法的責任を緩和しようとしたものとはいえないだろう。
*64──判例時報1835号80頁(本判決匿名解説三(8))参照。なお、市民の不安を解消する目的もあったと考える余地もあるだろうが、同目的については、公表内容を十分に検証する必要がある(瀬川信久「判批」(本判決の原審判決等解説)判例タイムズ1107号74頁参照)。
*65──横田光平「判批」(本判決解説)ジュリスト1269号(2004年)45頁・解説3参照。
*66──村上・前掲「集団食中毒の発生と情報提供のあり方」115~116頁・Ⅳの4(1)参照。
*67──2020年3月31日朝日新聞朝刊1面。
*68──2020年4月1日朝日新聞朝刊28面参照。
*69──藤原・前掲「情報と行政法」12頁参照。
*70──その典型例は、都知事が記者会見で「新宿」の「夜の街」への外出を「控えてほしい」などという呼びかけを繰り返し行い、それが連日のように大きく報道されたことである(2020年7月3日毎日新聞朝刊23面参照。)。
*71──「罰則」といっても、刑事罰ではない「過料」が政府原案のようである。現行の法の要請・指示には公表措置はある(法45条4項)が罰則はない。なお、立法論として
*72──金額が十分か不十分かの判断は容易ではない場合が少なくないと思われるが、欧米等の各国の公的補助の金額等(2021年1月7日朝日新聞朝刊3面等)がひとつの参考になろう。
*73──小山・前掲「自粛・補償・公表」146頁も、休業命令の憲法(22条1項または)29条2項に係る審査につき、比例原則が「過度の制約とならないことに加え、制限に伴う損失に対する調整金を求めることがある」としたうえで、「休業を命じること自体には十分な合理性があるとしても、それが事業者に過酷な負担をもたらす場合」があり、「感染症対策のように経過規定による激変緩和を採りえない場合には、比例原則(狭義の比例性)は、負担軽減のための調整を要求することになる」とする。これは、協力金や調整金がセロだと、憲法(22条1項または)29条2項違反の法令または休業命令(行政処分)となるということを論じたものと考えられる。なお、板垣・前掲「新型コロナウイルス雑感」194頁も、「過剰規制」すなわち「比例原則に反する違法な規制」となる場合を想定していると考えられる。
*74──宇賀Ⅱ・概説Ⅱ433頁以下等参照。
*75──小山・前掲「自粛・補償・公表」146頁。
*76──なお、この持続化給付金等に係る職業差別の問題について、現在、東京地裁で訴訟が係属している(筆者自身も原告訴訟代理人の一人である)。詳しくは、次のサイトを参照していただきたい。https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000064
*77──「ゆるふわ職業差別」は、曽我部真裕「立憲主義のあり方から見る『自粛か強制か』問題」判例時報2458号(2020年)144頁の「ゆるふわ立憲主義」という語を参考にしたものである。
*78──長谷部=杉田・前掲「コロナ対策、『罰則』と『自由』と」〔長谷部恭男〕。
*79──薬局距離制限事件(薬事法違憲判決、最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)。
*80──小山剛「事の性質―最高裁薬事法判決」私の心に残る裁判例2号14頁(15頁)。
*81──小山・前掲「事の性質」15頁は、「職業は、人が自己の職業への誇りを持つ限りで人権であり続ける」とし、職業が「人が自己の生計を維持するためにする継続的活動」となってしまうことは、「人権としての職業の終焉であり、職業は、公序へと後戻りする」と述べている。
*82──憲法16条は、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利」を有すると定め、さらに「何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と規定している。
*83──市民が政治に参加し、あるいは、直接・間接に政治に影響を与える方法は選挙だけではない。その方法として、まず、日常的な表現・集会・結社の自由や請願権等の人権行使を通じて政治参加を行うことが予定されている(高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第5版』(有斐閣、2020年)354頁)からである。選挙で自分の投票した議員(や政党)が負けた(票数が少なかった)ので仕方ないなどとする言説は法的に誤っている。
*84──樋口陽一ほか『憲法を学問する』(有斐閣、2019年)169頁以下〔蟻川恒正〕、平裕介「公道で選挙演説を聴く市民の政治的言論自由と『現在』の市民の『不断の努力』」LIBRA19巻10号(2019年)23頁参照。
*85──改正法による休業命令(行政処分)がなされた場合には、その休業命令に対する処分取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)を提起し、併せて執行停止の申立てをする(同法25条2項本文)という争訟手段もある。
*86──情報提供としての公表は、「特定の者」(行政手続法2条6号)に対するものではなく、国民一般(市民)や住民らへの広報といえることから、同号に定義される行政指導(助成的行政指導(大橋洋一『行政法Ⅰ 現代行政過程論[第4版]』(有斐閣、2019年)273頁))は異なるものと解される。そのため、行政手続法(や行政手続条例)における行政指導の規定(その内容については、さしあたり宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第7版〕』(有斐閣、2020年)437頁以下を参照されたい。)を活用した法的救済は難しいものと考えられる。
*87──なお、政府は、2020年4月1日、個別に損失を補償することは難しいとの認識を示しつつも(2020年4月1日朝日新聞夕刊1面参照)、一世帯に2枚ずつ布マスクを配布すると表明した(2020年4月2日毎日新聞朝刊1面参照)が、費用対効果等との関係で、あるいは他国での政策と比較して、エイプリル・フール特有の報道であってほしいと感じた市民は多かっただろう。2021年においては、すでに話題にならなくなったように思われる通称「アベノマスク」であるが、これも、実質的には、特定の事業者や業界だけを優遇する「ゆるふわ差別」の一環として位置付けられるものではなかろうか。
*88──文化芸術活動の自由を守り抜くために訴訟を提起した具体例として、前掲注(6)の『宮本から君へ』助成金不交付決定取消訴訟、②性風俗事業者への持続化給付金等請求訴訟が挙げられる。